ご挨拶

IMG_0250_1.bmp子供たちは未来からの使者である、といいます。その子供たちがどんな社会を生きていくのか、現状を分析し未来を洞察し、必要な能力を身につけさせてやることが、教育者の務めだと思います。現状の子供たちを一番よく知っている皆様が、未来を生きる子供たちのあるべき姿を描き、現状とのかい離すなわち「教育ニーズ」をしっかりつかみ、学校の在り様を考えていただくことが、今一番大事になってきていると考えます。

そこで、この閉塞感あふれる日本社会をどう理解すればいいのか、という視点から私が蓄積してきたことを、皆様に情報としてお伝えし、考えるきっかけにしていただけたらと思い、この教育コラムマガジンを立ち上げました。 

7年間、岩手県の高校で民間人校長として勤務し、先生方との交流をした経験を踏まえた上で、経済や経営、政治や社会、教育や文化など、折に触れて小文を書き、情報提供していきます。

学ぶ姿勢・考える習慣を先生方自身が身につけ、経営品質賞の考え方を生かして、上意下達の指示待ちではなく、現場から発信し、教育委員会や文科省を動かしていただきたい。

志のある当サイト読者の方々のお役に、少しでも立つことを念願しております。

最新コラム

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2017-03-23 『サイロ・エフェクト:高度専門化社会の罠』の書評から

いつの時代でも、スペシャリストであり、かつゼネラリストを目指したい。


2017-03-19 アインシュタインの言葉から

われわれの世代が主導してきた日本は、このアインシュタインの言葉に、向き合うことができるでしょうか。


2017-03-15 いい加減の弁証法哲学

伝統とか文化をないがしろにし、流行ばかりを追ってきたから、こういう閉塞状況が生まれた、という事実確認から、スタートしなければならない。


 

読者の集いのお知らせ

第23回三木(さんもく)会を 下記要領にて開催しますので お知らせします。

日時  4月13日(木)18時〜20時

場所  ザ・コミュニティ会議室(杉並区天沼3−7−3荻窪法人会館3F)JR荻窪駅徒歩7分

要領  当日テーマアップしたいコラムをコピーしてご持参ください。

           世の中のことに正解はない、という前提で,他人の話をじっくり聞く会です。

会費  会場使用料及び懇親会費として、1000円申し受けます。

その他 初めての方は、一言を添えて、メールにてご連絡ください。多様なご意見を歓迎します。

『サイロ・エフェクト:高度専門化社会の罠』の書評から

経営170307

私は経済学徒であるが、有名大学教授と言われる学者が、全然、経済の実態がわからず、ピント外れの議論をしていることに疑問をもってきた。学者でもない三橋貴明氏のような人物の方が、余程、経済の実態を捉えていて、真っ当な政策提言をしている。

有名大学教授を、失礼ながら、タコツボ学者と揶揄してきたが、私の考えを、後押ししてくれそうな題名の本である。

社会で出会ったMBAホルダーも、ほとんど使いものにならない英語バカぞろいであったが、

深い専門性だけでなく、やはり幅広い教養が、実社会には必要なのだと思う。

 

著者のジリアン・テットは、文化人類学者から転じたフィナンシャルタイムズアメリカ版編集長。高度に複雑化した社会に対応するため、組織が専門家たちの縦割りの「サイロ」になり、その結果、逆に変化に対応できないという。その逆説を、サイロ・エフェクトと呼んでいる。

果たしてそうか?むしろ、私には「サイロ」のなかで、中堅幹部へと育つうちに、体験を抽象化し自分の経営哲学にまで昇華するスキルが不足しているのではないかと考えている。

私はこれを「コンセプショナルスキル」と呼んでいるが、幅広い教養のない人物には至難である。学ぶ姿勢や考える習慣ができており、かつ地頭がよくないと身に付かない。

 

また、事業部制になっている会社では、事業部ごとに「サイロ」ができていて、トップの号令で、「サイロ」の特質をわきまえず、共通の施策を展開し、取り返しのつかない失敗をしでかすことも、散見される。

商品の特性や流通の特殊性など「サイロ」によって違いがあるが、そういうことを無視してトップダウンで行う組織開発・風土改善に失敗事例が多い。

現場実態で組織風土は醸成され、組織風土で現場が変わる、という相互作用が働いている。

私が体験した建築用ガラスの世界は、商品は売るものではなく売れるもの、しかも半製品である、という特質を持ち、流通は多層的で弱小業者が多く債権管理が商売の要諦である、という特徴を持つ。それを儲かる仕組みにしたのが「特約店制度」であった。同じガラスでも自動車用ガラスとは儲かる仕組みが全く違うのである。

そういう理解は、まさにコンセプショナルスキルにより、血肉となるのである。

 

組織の境界を柔軟にしておくことが肝要であるが、アメリカ的組織で、サイロに囚われるのは、報酬制度がそれを後押しするようになっているためである。

縦横斜めの交流から、アウトサイダーとしての視点をもつこと、そして自らの組織を見つめなおすことだ。

2008年の金融危機から1つ明らかになったのは、金融や経済で重要なのは、数字だけではないということだ。文化も同じように重要である。

人がどのように組織をつくり、社会的ネットワークを形成し、世界を類別するかといったことは、政府や企業や経済が機能する仕組みに決定的に大きな影響を与える。

ジョブスの後継者となったティム・クックはこう書いている。
「アップルには独自の損益責任を持つ『事業部』は存在しない。会社全体で一つの損益があるだけだ。」
フェイスブックと同じように物理的な空間配置によってサイロ破壊を促そうとしたのだ。

いつの時代でも、スペシャリストであり、かつゼネラリストを目指したい。

会社では、一つの職能の中でスペシャリストになるとともに、あらゆる職能の上部概念であるマーケティングを勉強することだと思う。

アインシュタインの言葉から

政治170306

アインシュタインは、日本人に、次のようなメッセージを残しています。

「日本人は、西洋の知的業績に感嘆し、成功と大きな理想主義を掲げて、科学に飛び込んでいます。けれども、西洋と出会う以前に日本人が本来もっていた素晴らしきもの、即ち、芸術的ともいえる生活、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを、純粋に保って忘れずにいて欲しいものです。」

 

われわれの世代が主導してきた日本は、このアインシュタインの言葉に、向き合うことができるでしょうか。

本来の日本人なら、へどが出るくらい、品格の欠如した社会になっていませんか。

社会の基本をなす経済は、金融資本主義化し、カネがすべての卑しい世相になっています。

それを受けて会社は、株主ばかりに目を向けて経営しています。かつての日本的経営に特徴だった「育てる文化」は消え失せ「選ぶ文化」になり果て、若者は疲弊しています。

 

なぜ、このようになってしまったのか、長年自問してきましたが、やはりわれわれの世代のリーダーたちの、不見識によるものとしか思えないのです。

正常な世界観・歴史観をもつだけの知識が不足していること、その結果、日本人としてのまともな価値観を持ち合わせていなかったことによるものでしょう。

後の祭りではありますが、若者にそのことを理解してもらって、徐々に日本を取り戻していただきたく、こうして文章を認めています。


いま日本や世界の人々の大半が信じ込んでいるのは、欧米にとって都合のいい歴史であること、その目的は、日本人から基盤を奪い骨抜きにし、誇りを失わせ、二度と利権を邪魔させないため、そして、自らの500年間に渡る、侵略・虐殺・搾取行為を正当化するためです。

日本では、この欧米戦勝国の企みは、見事に機能しています。それが証拠にアメリカ主導のグローバリゼーションに、まんまと乗せられてきたではありませんか。

覇権国アメリカは、その軍事力を背景に、ドル基軸という通貨体制や、自国本位の通商システムを構築して、経済的覇権を維持してきました。世界のルールを、自分に有利なものとするために、邪魔だてする国には、言いがかりをつけて、戦争を仕掛けてきました。

自分に有利なルールが、「新自由主義思想」に基づくグローバリゼーションであるのです。ヒト、モノ、カネ、が国境を越えて自由に動き回り、世界はより豊かになるという楽観的な考え方がその底流にありました。

しかし、グローバリゼーションの実態は、アメリカ流の資本主義を世界の国々に押しつけることにすぎません。結果は、先進国の中産階級の没落と、より深刻な貧困の拡大、社会格差の絶望的な拡大、地方の疲弊でした。

 

こうしたグローバリゼーションが、いま曲がり角に来ています。どこも、グローバリゼーションに耐えられない人々が、声を上げだしました。ブレグジットやトランプ大統領誕生、ヨーロッパでの「ポピュリスト政党」の活躍などに象徴されています。

日本人はおとなしいので、趨勢には至っていませんが、いずれ欧米の流れは、時間の問題ではないでしょうか。

日本では、グローバリゼーションを先導してきたのは、文化と伝統を大切にするはずの保守政党でした。その保守政党が、理念国家アメリカに寄り添わざるを得ないことから、狂ってきた、というのがここ30年の歴史です。

かつての理念国家アメリカがおかしくなってきたことを利用して、アメリカになり代わって、グローバリゼーションを利用しようとしているのが中国共産党です。

アメリカと覇権を二分しようと世界で策動しています。アジアの盟主となるべく、日本を貶めようとしています。年間1兆円もの費用をかけて、「反日プロパガンダ」を世界に向けて展開しています。

こうした基本的認識を持つことが、今、日本人に求められているのではないでしょうか。

平和ボケした日本人に警鐘を鳴らしておきたいと思います。

いい加減の弁証法哲学

文化170305

世の中には、常に二項対立が存在する。時代の流れをよく観察すると、そこには、主流となった思想が存在するが、その思想の中に矛盾しそれを否定する要素が必ず含まれており、

時代の進展とともに、その矛盾がどうしようもない状況にまで至るのである。

その矛盾を解消する方法は、人類の歴史を眺めてみれば、戦争とか革命とかの血なまぐさい事件であった。エマニュエル・トッドによれば、戦争とか革命は、必ず格差を是正してくれるそうである。戦争とか革命とかが、ヘーゲルの言う「止揚」であるならば、核兵器が拡散してしまっている現代では、これほど恐ろしいことはない。

 

いま世界は、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ大統領の登場に揺れている。

アングロサクソンが中心になって推進してきたグローバル化を、自国民が率先してノーと言っている。その基軸である「新自由主義=市場原理主義」を否定しているのである。

そして、それは民衆の「国家の復権」に対する期待に他ならない。

こういう事態に遭遇し、「設計主義」と「保守主義」の二項対立を止揚する方策についての知恵を磨くことが、世界の喫緊の課題であろう。

 

理念を構築し、数値目標を掲げて「あるべき姿」にまい進する。それを私は「設計主義」と呼んでいるが、企業などゲゼルシャフトでは、当然こうした設計主義が主流となる。

ピラミッド組織がつくられ、上意下達の命令系統が、整備される。効率よく運営される、と一般的には、みなされている。

しかし、留意すべきなのは、この欠陥は、力関係からとかく現場がないがしろにされがちなことである。

また、失敗の総括がされにくく、同じ過ちを繰り返す傾向がある、ということである。

国家レベルでも、今の中国は、まさしくこの設計主義国家であり、アメリカも、中国よりは権力分散が行われてはいるが、基本的には、独立戦争以来、設計主義国家である。

 

一方で、世の中は、なるべくしてなっている、起こるべき事象が起こっているに過ぎない、という「諦観」に似た観点から、不具合を必要の都度、改善し修正していくという手法を取る方法があるが、これを私は「保守主義」と呼んでいる。

イデオロギーといった理念は、必ず弊害を伴い、社会を混乱させるマイナス面の方が、プラス面を上回るという、歴史からの知見に裏付けられている。フランス革命を否定した、ウイリアム・バーグにまでさかのぼる伝統的価値観である。人知には限界があり、人間が考えたものは、所詮万能にはなれない、とする宗教観がある。

しかしながら、保守主義の欠陥は、思想として地味すぎて、訴求力が不足しがちなので、民主主義社会では日の目を見ることがあまりないことである。

特に政治の世界では、大ぶろしきを広げて、「改革・改革」と叫んでいたほうが票が集まる。時代が閉塞してくると、なおさら「改革」が大衆から求められるようになる。

それで今後も、日本の政界は、世界の変化に対応できず、漂流を続けていくことになる。自立に向けて一歩を踏み出すことのできる、まともな政治家が育つ基盤がない。

さらに言うと、そんな政治家がいれば、マスコミがつぶしてしまうだろう。それほど現在のマスコミは、お粗末である。

 

日本という国家は、本来、この「保守主義」が基軸の国家である。

最近の韓国情勢をみれば、「国柄」の違いは、言うまでもないであろう。反日という理念が、国家を覆いつくしているような国は、いずれ崩壊する。事実確認ができないからである。

ところが、戦争に負けて、アメリカの属国に成り下がっているものだから、日本の保守勢力は、アメリカ追随がまず主軸になるので、どうしても理念なるものを掲げざるを得ない。いわく「価値観を共有する国どおし」とか「自由・民主主義・法の支配・人権・・」とかの能書きを示さざるを得ない。

日米の保守勢力は、共通の基盤に立っておらず、その根本から違っている。

日本では17条憲法の時代から、自由・平等・博愛の精神は、天皇制の下で、育まれてきたのである。まさしく「八紘一宇の精神」こそが、フランス革命の精神ではないのか。

日本は、もともと「和の国」であり、その精神は「いい加減の弁証法哲学」なのである。

 

孔孟の思想と老荘の思想の二項対立、仏教と神道の二項対立、上意下達と現場主義の二項対立、洋才と和魂の二項対立、等々をうまく止揚して、ここに至っている、という自覚を日本人は、もっと共有のものにしていかなければならないのではないか。

伝統とか文化をないがしろにし、流行ばかりを追ってきたから、こういう閉塞状況が生まれた、という事実確認から、スタートしなければならない。

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