ご挨拶

IMG_0250_1.bmp子供たちは未来からの使者である、といいます。その子供たちがどんな社会を生きていくのか、現状を分析し未来を洞察し、必要な能力を身につけさせてやることが、教育者の務めだと思います。現状の子供たちを一番よく知っている皆様が、未来を生きる子供たちのあるべき姿を描き、現状とのかい離すなわち「教育ニーズ」をしっかりつかみ、学校の在り様を考えていただくことが、今一番大事になってきていると考えます。

そこで、この閉塞感あふれる日本社会をどう理解すればいいのか、という視点から私が蓄積してきたことを、皆様に情報としてお伝えし、考えるきっかけにしていただけたらと思い、この教育コラムマガジンを立ち上げました。 

7年間、岩手県の高校で民間人校長として勤務し、先生方との交流をした経験を踏まえた上で、経済や経営、政治や社会、教育や文化など、折に触れて小文を書き、情報提供していきます。

学ぶ姿勢・考える習慣を先生方自身が身につけ、経営品質賞の考え方を生かして、上意下達の指示待ちではなく、現場から発信し、教育委員会や文科省を動かしていただきたい。

志のある当サイト読者の方々のお役に、少しでも立つことを念願しております。

最新コラム

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2017-11-22 仏教的世界観について

「仏教的世界観」の基本は「因縁果」にあると考えています。原因があって、環境があって、結果がある。


2017-11-19 『チャヴ 弱者を敵視する社会』の書評から

30年にも及ぶ壮大な社会実験の行き着く先が、この閉塞感あふれる社会だった、ということです。


 

読者の集いのお知らせ

第31回三木(さんもく)会を 地研のご協力の下、下記要領にて開催しますので お知らせします。

日時  12月21日(木)17時〜20時   毎月第3木曜日です。

場所  (株)日本地域社会研究所会議室(杉並区上荻1−25−1)JR荻窪駅徒歩8分

要領  このブログの読者で、会話を楽しみたい方、コンサルを受けたい方、講演会の企画をしている方、地域活動のノウハウを交流したい方、本を出版したい方は、是非ご参集下さい。

特典  参加費は無料です。初めて参加される方は、事前にメールでご一報ください。

仏教的世界観について

文化171108

戦後教育で育ちこの時代を生きてきて、もう少し仏教の勉強をしておくべきだったと反省しています。日本人は、普段の行動から見て一見無宗教のようですが、伝統や慣習の中に、そして自身の持つ価値観の中に、神道と習合した形での「仏教」がしみ込んでいるのです。明治初期に廃仏毀釈という間違いをしでかしましたが、いまも依然として「仏教的世界観」は生きています。むしろ、これを意識しなくなったことの弊害が大きいように思います。「仏教的世界観」の基本は「因縁果」にあると考えています。原因があって、環境があって、結果がある。世の中のすべてが「因縁果」に依りて「ありてあるもの」であり、因と縁が薄まれば、衰退し生滅するのです。「仏教的世界観」についてネットにわかりやすい説明がありましたので、引用して情報提供します。

引用:

「色即是空」の意味を知るには、まず、この世のすべての成り立ちを知らなければなりません。「この世のすべてはどのようにしてできているのか」について、仏教では、「一切法(万物)は因縁生なり」と教えられています。「すべてのものは因と縁がそろってできている」ということです。

因だけでも縁だけでも結果が生じることはありません。必ず因と縁が必要です。この図で、結果が米ならば、「因」はモミダネです。「縁」は水分や空気、温度です。
それらが調和して、米という「結果」を生み出します。米以外にも、この世の中のすべては因縁がそろってできています。例外は認めません。
ただし、結果は因と縁によって変わっていきます。結果が消滅するのは、因と縁が消滅したときです。それは無になるのではなく、滅するままで生じるということです。
これを「生滅(しょうめつ)」といいます。そして「成住壊空(じょうじゅうえくう)」を繰り返します。

「成」とは、因縁がそろって結果が生じることです。「住」とは、生じたものが、しばらくの間ある、ということです。諸行無常ですから、永遠にあることはできません。
「壊」とは、壊れる、ということです。今までの結果はなくなりますが、因と縁がなくなるのではありません。因縁が変化して、今までの結果がなくなるということです。
ですから「無」になるのではなく、これを「空」といいます。

夫婦なら、今は因縁あって結婚していますが、離婚すれば夫婦という結果はなくなります。
しかし、無になるわけではありません。独身男性と独身女性はいます。車でも同じです。何万という部品が因です。それを組み立てるのが縁です。因縁がそろって車といわれますが、ばらばらになると、もう車とはいいません。

「色即是空 空即是色」の「色(しき)」とは物質のことです。物質は、すなわち空だということは、いつまでも変わらない夫婦や車という実体はありません。因縁がそろっている間だけ、夫婦や車というものが存在する、ということです。因果の道理を教えるのが、「色即是空 空即是色」なのです。

因縁が離れたら、実体はなくなります。それなのに私たちは、空ということが分からないので、いつまでも変わらないと思っています。そこに執着が起きて、苦しみます。自分のお金は、「これはいつまでも自分のお金」と思っています。しかしそれは因縁がそろっている間だけのことで、因縁が離れると、そのお金は他人のものとなって、苦しみます。自分の家は、いつまでも私の家と思っています。ところが火事や地震がくれば、因縁が離れて私の家はなくなってしまい、非常に苦しみます。

私の肉体や命は、やがて病気や事故など縁がくれば、因縁が離れて肉体はなくなり、人生は終わります。このように、仏教では、教えの根幹である因果の道理によってやがて必ず終わって行く、ありのままの人生のすがたを教え、苦しみの根本原因と生まれてから死ぬまでに果たさなければならない、本当の生きる目的を教えています。執着は煩悩ですから、煩悩でできている煩悩具足の私たちには、なくすことはできません。(引用おわり)

私の問題意識の中心は、「なぜ、先進国の中で、日本だけが経済成長しなくなったのか」という経済学のテーマと「なぜ、日本の組織は、P―D―C―Aのサイクルが回らないか」という経営学のテーマです。こうしたテーマを「仏教的世界観」に立脚しながら、今後も、考えていきたいと思います。そして、「いま ここ 自分」にしか関心のない日本人に、警鐘を鳴らし続けたいと考えています。ご先祖様から受け継いだ命を、ご縁で生かされてきたわけですから、一隅を照らすことぐらいはしたいものだということです。

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