ご挨拶

IMG_0250_1.bmp子供たちは未来からの使者である、といいます。その子供たちがどんな社会を生きていくのか、現状を分析し未来を洞察し、必要な能力を身につけさせてやることが、教育者の務めだと思います。現状の子供たちを一番よく知っている皆様が、未来を生きる子供たちのあるべき姿を描き、現状とのかい離すなわち「教育ニーズ」をしっかりつかみ、学校の在り様を考えていただくことが、今一番大事になってきていると考えます。

そこで、この閉塞感あふれる日本社会をどう理解すればいいのか、という視点から私が蓄積してきたことを、皆様に情報としてお伝えし、考えるきっかけにしていただけたらと思い、この教育コラムマガジンを立ち上げました。 

7年間、岩手県の高校で民間人校長として勤務し、先生方との交流をした経験を踏まえた上で、経済や経営、政治や社会、教育や文化など、折に触れて小文を書き、情報提供していきます。

学ぶ姿勢・考える習慣を先生方自身が身につけ、経営品質賞の考え方を生かして、上意下達の指示待ちではなく、現場から発信し、教育委員会や文科省を動かしていただきたい。

志のある当サイト読者の方々のお役に、少しでも立つことを念願しております。

最新コラム

タイトルをクリック してコラムをお読みください 

     

2016-08-24 神谷宗弊(そうへい)さんのこと

神谷宗弊さんは、OGSという組織を運営している方で、私の問題意識と同じ視点から、日本をよくしようと取り組んでおられる方です。


2016-08-21 角栄ブームに思う

日本が、これから国際社会の中で、どういう役割を担い、何を目指していくか、そういうグランドデザインの描ける政治家の出現を期待したい。


2016-08-18 オークショットの言葉から

現状は、「ありてあるもの」であり、それなりにバランスしていることが多い。変革を求める心情は、バランス喪失に対する無頓着と、歴史から与えられているものに対する無知、に起因する。


2016-08-16 レントシーカーたちの暗躍

アメリカの巨大企業の資本の論理に同調しながら、商機を窺っているダニのような存在が、政権与党の周りに集積している。


 

読者の集いのお知らせ

第16回三木(さんもく)会を 下記要領にて開催しますので お知らせします。

日時  9月15日(木)18時00分〜20時00分 フリートーキングの後、懇親会をしています。

場所  ザ・コミュニティ会議室(東京都杉並区天沼3−7−3荻窪法人会館3F JR荻窪下車徒歩7分)

要領  当日テーマアップしたいコラムをコピーしてご持参ください。

           世の中のことに正解はない、という前提で,他人の話をじっくり聞く会です。

会費  会場使用料及び懇親会費として、1000円申し受けます。

その他 初めての方は、一言を添えて、メールにてご連絡ください。多様なご意見を歓迎します。

神谷宗弊(そうへい)さんのこと

社会160810

前回のコラム「角栄ブームに思う」(政治160809)に、共感していただいた読者から、神谷宗弊さんという人が大阪で頑張っている、という情報をいただきました。

神谷宗弊さんは、OGSという組織を運営している方で、私の問題意識と同じ視点から、日本をよくしようと取り組んでおられる方です。

OGSのホームページを引用し、ご紹介したいと思います。

引用:

CGSとは、チャンネルグランドストラテジーの頭文字で、ストラテジーとは日本語で「大戦略」「国策」という意味です。

昭和20年(1945年)の敗戦以来、日本は国家として大きな戦略を持てなくなったように感じています。そしてそれは、日本人のアイデンティティーが薄れ、意識が狭くなってしまったことに起因するように思えるのです。

グローバル化が叫ばれる今日、日本人に求められているのは、日本人としてのアイデンティティーと国や世の中のために働こうという公共心(精神面)や世界を相手に戦うバイタリティーと技術(能力面)ではないか、と私たちは考えます。

しかし、精神を高める素となる知識は、進学重視の学校教育や、営利目的のメディア報道では十分に得られないのが現状です。

そこでCGSでは、若い方にも見て頂けるようなわかりやすく面白い番組内容で、日本の歴史や信仰を伝え、精神のタテ軸を作っていただき、国際情勢や地政学などから、そのヨコ軸を感じてもらうことで、個人の背骨ともなる座標軸やアイデンティティーをもってもらいたいと考えました。さらに、メディアリテラシーや哲学などを伝え、各々の羅針盤として頂きたいとも考えています。

座標軸が定まり、羅針盤が持てれば、各々の戦略がたてられます。そして、その根底に国や世界の平和と発展を願う心があれば、個人の戦略が重なり合って国の大戦略につながると考え、このチャンネルを開設しました。

CGSをご覧になって頂く皆様には、番組で得た知識から、まず個人の人生戦略を立て、個人の技術を高め、よりよい人生を送っていただきたいと願います。

そしてそれが叶うならば、我々の生活の基盤を支える日本という国の「大戦略」を、個人の人生戦略の先に一緒に考え、共に形にして頂きたい、と願っています。(引用おわり)

 

彼の言う座標軸のヨコ糸を世界観、タテ糸を歴史観、羅針盤は価値観、と私は呼んでいますが、同じことです。

仕事や生活上の体験から、常に「学ぶ姿勢と考える習慣」を堅持し、自分の行動規範を磨いていくこと、これが日本人の「道」に通じるのだと考えています。

彼は、坂本龍馬に心酔し現代の志士たらんとしているようですが、それはともかく、同志的な繋がりから、社会への影響力を確保しようという試みは、ネット時代に相応しい方法ではないかと思います。

以前、リアルインサイトの鳥内浩一氏を応援している旨のコラム(社会141213)を書きましたが、こうして若い人の中から、同志が出現しているのは心強い限りです。

(もっとも、同志と言っているのは、私の方だけなんですが・・・)

これからの日本を支える人材を育てるために、社会人教育と偏向のない報道を重視している点は、私と同じです。そのために、私はこのブログを主宰し、情報提供しながら、社会人向けに、アクティブ・ラーニング形式で、講演会や勉強会をしています。

マスコミが堕落している昨今、いろいろなチャネルから情報を得て、「自分の頭」で考える日本人が増えることが、いまの日本にとって、何よりも大事だと考えます。

角栄ブームに思う

政治160809

いまちょっとした田中角栄ブームになっているが、火付け役になったのは、石原慎太郎である。機を見るに敏な、なかなかの才覚である。今の閉塞社会のなかで、何か強い政治家を求めたい国民の欲求や、アメリカに押さえつけられてきたという漠然とした現状認識がないまぜになっているのだろうと思う。

彼もアメリカに「はめられた」という見方がある。独自外交をしたために、トラのしっぽを踏んでしまった、というのだ。戦後71年の歴史を振り返ると、証拠はないが、さもありなん、と思う。バイデンが、日本国憲法はアメリカが書いた、と言ったということだが、日米安保にしろ、マスコミ操作にしろ、アメリカの影を感じる日本人は多いのではないか。GHQの占領政策は、二度とアメリカに刃向かわせないための観点から推し進められたもので、明らかにハーグ陸戦協約などの国際法に違反している。

同時に、戦前の歴史を振り返ると、外交下手により、国際的に孤立していったわけであるが、戦後も外交下手は治っていない、とつくづく感じる。エリートが鍛えられていない、とたびたび指摘してきたが、それは、日本社会の特徴でもある。

同調を強いる組織の空気が出来上がると、異説を唱える見識ある人間は、足を引っ張られ、排除される。そして、P−D−C−Aを回すことなく、何事もあいまいに済ます。戦後も戦前と同じ失敗を繰り返しているのに、そのことすら自覚していない。

組織のリーダーならば、体験を抽象化して、より広範に使える知恵(コンセプショナルスキル)を獲得していかなければならない。抽象度を上げる、ということは、より鳥瞰することのできる視点から考える、ということであるから、聞いている者にとっては、身の程知らずに聞こえてしまう。立場をわきまえず、偉そうなことを言うと、「上から目線」として日本社会は極端に毛嫌いする。その結果は、どうであったか。

抽象化された戦略レベルの思考が、極端に苦手な民族になってしまってはいないか。負けそうならば、勝てるようにルールを変更するなどということを、そもそも想定していない。覇権国家は、それができるから、覇権国家なのである。

地政学の奥山真司氏が「戦略の階層」ということを言っているのは、そういうことだ。

 

技術で勝っても、その技術を普遍化できない。デファクトスタンダードが、取れない。

これは、世の中を牽引するリーダーたちの仕事であるが、エリート層が鍛えられていない日本は、これができない。「戦略の階層」が、わかっていないからだ。とにかく孤独に耐え、勉学にいそしむことをもっと奨励しないと、このままだと国が沈没する。エリートには、それが要求されている、そう思う昨今である。

 

その点、田中角栄という人物は、よく勉強していた政治家だと思う。特に政治家になってから、官僚から知識を得て、それを利用した。「日本列島改造論」をひっさげて総理大臣になった男であるが、そのタイミングが絶妙だったのではないか。日本の高度成長が持続し、現在の豊かさの根源を作ったことは事実である。

勘のいい男であったから、彼が生きていたら、これほどまでに地方が疲弊しなかっただろうし、これほどまでの社会格差の拡大を許さなかっただろう。

今になって思うと、尖閣の詰めが甘かったといううらみはあるが、日中国交回復を優先させたかったのだろう、やむをえまい。後ろ盾のアメリカに、根回しが欠けていた。しかし、戦後政治史のなかでいかに日本は属国化しているかについて、貴重な証拠を残してくれた。

 

日本が、これから国際社会の中で、どういう役割を担い、何を目指していくか、そういうグランドデザインの描ける政治家の出現を期待したい。

同時に、そういう政治家を育てることも、われわれ国民の務めであることは肝に銘じたい。政治家に、あいさつ回りばかりさせてはならない。

なりたい人よりなってほしい人を、周囲でおみこしを担ぐことだ。これと思う政治家は、身分を安定させて、勉強してもらわなければいけないのだ、と思う。

オークショットの言葉から

社会160808

小池百合子氏が、女性初の都知事に選ばれて、その変革への期待が、マスコミを通じて、語られている。彼女も、どうやら「変革」を期待されているらしい。オリンピック開催の費用の不透明性やら、知事の贅沢三昧の公費支出が問題になっている、ということか。

しかし私は、日本から保守政党が消え失せている現状に、憂慮を感じざるを得ない。自民党ですら、もはや保守政党ではない。アメリカという理念国家に追随ばかりしているから、保守が本来の機能を失ってしまっている。

現状が不満であるなら、それに至る原因を追究しなければならない。そういう因果関係に言及せず、とにかく現状を変革するという姿勢はいかがなものだろうか。冷静に因果関係を見極めなければ、構造改革のような、ピント外れの政策になってしまう。いまこそ保守とは何か、を見極め、健全な保守政党の再興を考えなければならないときである。そこでオークショットの言葉の紹介文を引用し、保守主義の神髄を、読者に提供する。

引用:

保守主義の代表的な思想家マイケル・オークショットは、次のように語っている。

「道具の使用の本質は使い慣れることであり、それゆえ人間は、道具を使用する動物である限り、保守的性向を有するのである。」

これは政治においても同じだ。保守は危機においても抜本的改革を選ばずに、すでに所有している慣れ親しんだ道具(制度)を利用する。それは古いものに固執するからではない。拙速な改革が、不測の事態を引き起こすことを知っているからだ。現状は、「ありてあるもの」であり、それなりにバランスしていることが多い。変革を求める心情は、バランス喪失に対する無頓着と、歴史から与えられているものに対する無知、に起因する。

変革により失われたものは取り戻すことができないし、将来の利益は確実なものではない。それらは単純に数値化(たとえばカネ)できるものではないし、利益と損失が平等に配分されることもない。よって保守は「ある変革が間違いなく進歩であるかのように、自らを売り込んでくるとき、彼はそれを認める前に、その宣伝文句を繰り返し調べるだろう。」

保守はイデオロギーではなく、変化と変革に対する一定の態度として現れる。こうした性向は、統治者にふさわしい。なぜなら彼らは「政治というものを、価値ある道具を新しく永遠に備えつけるための、機会だとみなすのではなく、一組の価値ある道具を時々修繕しては調子を維持していくという活動だとみなす傾向がある」からだ。

保守的な統治者は、規則を維持することの重要性を身体で理解している。彼らの仕事は、夢を語ることではなく、「既にあまりにも情熱的になっている人々が行う諸活動の中に、節度を保つという要素を投入すること」である。それは決して怠惰や臆病ではない。単なる仮定の上での事態に対処する目的で行われる変革を、力で阻止するのだ。

規則を修正する際には、「それに服する者達の諸々の活動や信条における変化を常に反映したものでなければならず、決してそうした変化を押し付けることがあってはならない。」またそれは全体の調和を破壊するほど大がかりなものであってはならない。統治者自らが夢を語り、トップダウンで規則を変更するのは、オークショットに従えば、もっとも保守から遠い態度ということになる。(引用おわり)

全体の調和を破壊する改革を、アメリカに押し切られてこの30年続けてきた。その結果の、日中経済力の逆転ではなかったのか。近隣国家に塩を送る国家は、いずれ滅ぶというのは、政治学のシオリーである。それで、尖閣をはじめとする、安全保障上の危惧を生んでいる。アメリカ自身も、新たな大国関係=太平洋を二分しようなどと言われ、その覇権を脅かされている。日本の経済力を削ぐ政策で、自国民も苦しみ、挙句の果て、極めて内向きになってしまった。基本的に敵と味方の区別がつかないバカな国家なのである。

日本的経営の放棄が、どんなに大企業の組織を蝕んでいるのだろうか。非正規社員や子会社化による労賃の下方同調が進み、内需を中心に発展してきた国内経済は、すっかり低迷することになってしまった。各企業は部分最適に堕し、自らの首を絞めてしまっている。見識のない大企業経営者が、反省もせず、国家の教育政策にまで口出しし、英語教育重視などと御託を並べている。現実を知らないのもほどがある。

なぜ、地方創生などを心掛けなければならなくなったのか。なぜ、6人に1人もの子供たちが貧困に苦しまなければならないのか。原因は一つである。独立国としての気概喪失以外にない。日本の神髄を理解しないこの国のリーダーたちの、ミスリードなのである。そのことに、少しは目を向けてほしいものだ。

レントシーカーたちの暗躍

政治160807

前回(経済160806)引用させてもらった坪内隆彦氏に再度登場してもらい、レントシーカーなるものについて、問題提起したい。既得権益を根絶するという名目で、新たな利権を狙う輩が、政財界に跋扈している現状を再認識し、読者と共有したいものだ。改革好きな日本人も、改革が進めば進むほど、生きずらい世になってきた、というのは、実感できるであろう。『日本を壊す政商』森功著の、坪内隆彦氏の書評である。

引用:

政治権力によって新たな市場を作り出し、そこで利益を貪る者たちを「レント・シーカー」という。レント・シーカーのやり口とはいかなるものなのか。人材派遣会社パソナグループ代表の南部靖之氏という「政商」に肉薄した本書を一読すれば、その姿は自ずと浮かび上がってくる。
パソナグループ会長を務めているのが、いま産業競争力会議などで規制改革を推し進める竹中平蔵氏である。すでに竹中氏については、ジャーナリストの佐々木実氏が、『市場と権力』でその実像に迫っている。
いったい、竹中氏と南部氏はどのようにして結びついていったのだろうか。二人の接点にあった人物として本書が挙げるのが、大蔵官僚の長富祐一郎だ。1982年、竹中氏は大蔵省大臣官房調査企画課に置かれていた財政金融研究室主任研究官となり、同課長の長富に見出された。一方、南部氏は、政官界に広範な人脈を持つ長富が91年に退官すると、パソナの顧問に迎え入れた。
製造業への派遣解禁など、大幅な労働者派遣事業の規制緩和が進んだのは、竹中氏が規制改革の旗を振った小泉政権時代だ。これによって、利益を得たのがパソナなどの人材派遣会社だ。竹中氏やそれに連なる新自由主義者たちは「功労者」にほかならない。2006年9月に小泉政権が終わると、竹中氏は参議院議員を辞職、翌7年にパソナの特別顧問に就任している。その直後、第一次安倍政権は、国家公務員法を改正し、民間の人材派遣業者と総務省が共同で課長級以上の国家公務員の再就職斡旋を試験的に行うことを決めた。07年3月に、パソナがこの「試行人材バンク」の実施事業者に選定されているのである。
自民党が下野した09年8月、竹中氏はパソナグループ会長の椅子に座った。民主党政権の誕生で、規制改革が一旦頓挫した時期は、竹中氏や南部氏にとって新たな巻き返しのための準備期間だったに違いない。
昨年、ASKAの覚醒剤事件をきっかけにパソナの接待施設「仁風林」が世間の注目を浴びるようになったが、本書には仁風林の常連参加者の次のような証言が引かれている。
「安倍首相は、南部代表とは小泉政権の官房長官時代からの付き合いだそうです。自民党のなかでは、最も近い人物の一人でしょうね。中川秀直、武部勤親子、福田康夫、石原伸晃、岸信夫なども、野党時代は仁風林でしょっちゅう顔を見かけました。2012年12月の第二次政権発足後は、さすがに安倍さん本人は仁風林の参加を控えているようです。それでも、西村康稔や中山泰秀、伊藤信太郎といったところは常連でした」(194頁)。
さらに本書は、仁風林参加メンバーとして、菅義偉官房長官や下村博文文科大臣の名前を挙げ、南部氏と宮内義彦氏、堺屋太一氏、橋下徹氏の関係についても踏み込んでいる。
第二次安倍政権は、南部氏の期待通り、規制改革を強行、パソナのビジネスチャンスが、急速に拡大した。驚くことに、安倍政権は政策会議「若者・女性活躍推進フォーラム」を設置し、13年2月に開催された初会合に南部氏本人を有識者として招いているのだ。こうして、南部氏の意見は安倍政権の労働分野の規制改革に取り入れられていった。
まず、竹中氏が増額を強く主張していた「労働移動支援助成金」は14年度に前年度の150倍に増えた。13年8月には公務員の再就職支援業務が民間に開放され、パソナが独占受注した。人材派遣業界が要望してきたハローワークの民間開放も強行された。パソナや南部氏の関係企業が防衛省の福利厚生業務や自衛官のカウンセリング業務などに食いこんでいるが、防衛大臣の小野寺五典氏が仁風林参加メンバーだったことが気になる。
何より大きいのは、「生涯派遣」に道を開く労働者派遣法の改正がついに実現されたことだ。問題は、一連の規制改革が雇用の不安定化や格差の拡大をもたらしているという現実である。まさに、日本を壊しているのだ。だからこそ、労働分野には一定の規制があったのではないか。
日本を壊す政商をこれ以上のさばらせてはいけない。マスコミが沈黙してきたこの政商に、本書が果敢に迫った意味は非常に大きい。(引用おわり)

日本における最大のレントシーカーは、アメリカの巨大企業だ、と思うのであるが、そこに気づいている日本人は、極めて少数である。アメリカの巨大企業の資本の論理に同調しながら、商機を窺っているダニのような存在が、政権与党の周りに集積している。

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