ご挨拶

IMG_0250_1.bmp子供たちは未来からの使者である、といいます。その子供たちがどんな社会を生きていくのか、現状を分析し未来を洞察し、必要な能力を身につけさせてやることが、教育者の務めだと思います。現状の子供たちを一番よく知っている皆様が、未来を生きる子供たちのあるべき姿を描き、現状とのかい離すなわち「教育ニーズ」をしっかりつかみ、学校の在り様を考えていただくことが、今一番大事になってきていると考えます。

そこで、この閉塞感あふれる日本社会をどう理解すればいいのか、という視点から私が蓄積してきたことを、皆様に情報としてお伝えし、考えるきっかけにしていただけたらと思い、この教育コラムマガジンを立ち上げました。 

7年間、岩手県の高校で民間人校長として勤務し、先生方との交流をした経験を踏まえた上で、経済や経営、政治や社会、教育や文化など、折に触れて小文を書き、情報提供していきます。

学ぶ姿勢・考える習慣を先生方自身が身につけ、経営品質賞の考え方を生かして、上意下達の指示待ちではなく、現場から発信し、教育委員会や文科省を動かしていただきたい。

志のある当サイト読者の方々のお役に、少しでも立つことを念願しております。

最新コラム

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2017-09-26 日本丸の行方

オルテガの言う「精神的貴族」すなわち自分の頭で考え「ノブレス・オブリージュ精神」を持った人を増やさないといけない、ということに尽きるのです。


2017-09-24 朝鮮半島に想いをはせる

任那の時代、元寇の時代、豊臣政権の時代、日清・日露の戦争、すべて「戦争のタネ」は朝鮮半島にありました。


2017-09-20 「グローバリズムの罠」という文章から

三橋貴明氏のこうした指摘に、無理解なリーダーたちが、日本を牽引してきました。その結果の日本の閉塞感なのです。


2017-09-17 中西輝政氏の冷静な見方

北朝鮮問題が深刻化し、不安な昨今ですが、われわれはもっと、国際政治にも関心を持つべきではないでしょうか。


 

読者の集いのお知らせ

第29回三木(さんもく)会を 地研のご協力の下、下記要領にて開催しますので お知らせします。

日時  10月19日(木)17時〜20時   毎月第3木曜日です。

場所  (株)日本地域社会研究所会議室(杉並区上荻1−25−1)JR荻窪駅徒歩8分

要領  このブログの読者で、会話を楽しみたい方、コンサルを受けたい方、講演会の企画をしている方、地域活動のノウハウを交流したい方、本を出版したい方は、是非ご参集下さい。

特典  参加費は無料です。初めて参加される方は、事前にメールでご一報ください。

日本丸の行方

社会170909

近年の日本丸のかじ取りについて、もう結論が出ているのに、誰も、その失敗を認めない。

これでは、いくらたっても、真っ当な航路に戻れない。停滞は、20年が30年に及ぼうとしています。工場進出した先の中国はGDPを伸ばし、経済力が付いたものだから、アメリカに対抗して、お決まりの覇権主義を露わにしてきました。その中国に甘やかされた、隣国北朝鮮には核ミサイルで脅される始末。一にも二にも、アメリカ親中派による日本タタキに気が付かない、われら政財界のリーダーたちの、お粗末さに由来するものです。

 

プラザ合意やJR民営化、から始まって、アメリカの内政干渉による内需拡大、その結果のバブル発生、その消滅と同時に不良債権の発生、それゆえの長期間のバランスシート調整不況、アメリカに押しまくられた形での「構造改革」というグローバル化、消費税増税と公共投資削減という緊縮政策・・・

これでもか、これでもか、と経済を痛めつけてきた結果が、先進国で唯一、ほとんど経済成長をしない社会を作り上げ、現状の閉塞感を生んでいます。それを、高齢化や人口減少、はたまた国家の成長サイクルなるものをねつ造して胡麻化そうとしている。

これらの説明は、因果関係が逆転している論理である。これだけデフレが続いているのは、明らかに需要不足なのである。(高齢化については、医療費の増加という形で需要を下支えしているが、世帯所得の減少、政府支出の増加、というマイナス要因でもある)公共投資、設備投資、をけん引力として、若者の賃金を増やし、消費を拡大していくしかない。

閉塞社会は、不健全な「民主主義」に到達してしまいます。そこが怖いのです。

 

中島岳志氏が、そんな日本社会を憂い、現代が大正から昭和初期に類似していることから、警鐘を発しています。結局のところ、オルテガの言う「精神的貴族」すなわち自分の頭で考え「ノブレス・オブリージュ精神」を持った人を増やさないといけない、ということに尽きるのです。引用してご紹介します。

引用:

戦後の日本は、年功序列・終身雇用の会社組織を基本に社会保障制度を維持してきました。その制度設計が、1990年代に一気に崩壊しています。日経連は95年5月「新時代の『日本的経営』挑戦すべき方向とその具体策」というリポートを発表しました。そこで、これからの日本の労働者を@長期蓄積能力活用型グループ(幹部候補生)A高度専門能力活用型グループ(優れた技術者や専門職)B雇用柔軟型グループ(非正規労働者)の3種類に分類しよう――というのです。@Aを除き、不景気になったときに、いつでも労働者のクビを切れるようにしなければ、日本はグローバル社会で戦えない、と経済界は考えました。戦後日本は会社組織をベースとして擬似共同性を維持してきたわけですが、人々は自分が意味ある存在として位置づけられる場所「トポス」(ギリシャ語で「場所」という意味)を突然失ってしまった。
トポスを失うことで、自分がどうしてこの場所で生きているのかわからない、のっぺりとした空間のなかで生きる人々が増えたときに、オルテガ(スペインの哲学者)が危惧した「大衆の気分化」が広がります。さらに、トクヴィルが恐れた「多数者の専制」が起き、自分とは違う考え方の人々を排除しようという動きが広がってしまうのです。

 

ジグムント・バウマン(ポーランドの社会学者)は、社会で起きるひとときの熱狂を「カーニバル化」と表現しました。大衆が気分によって熱狂し、熱狂の中身についてはすぐに忘れてしまう。まるで今の日本を指しているかのようです。別に放っておけばいい程度の話に、日本中が大騒ぎし、あっという間に忘れ去ってしまうような事例が多すぎます。
今の日本は、多くのアソシエーションが崩壊し、底抜け状態になってしまいました。メディアでズバッと言ってくれる人が現れると、多数者の専制が起きやすい状況になっています。これがオルテガらが非常に心配した「大衆社会」です。トポスを失った人たちの集まりがいかに危険なのかを言っているのです。人はいっぱいいるのに孤独であるという、孤独な群衆が増える危険性についてです。

ナチス・ドイツを支えた法学者カール・シュミットは、不透明で混沌とした時代には「敵と味方」という二分法で決断力を発揮するリーダーに支持が集まると言いました。カール・シュミットは面白いことを言っています。決断の具体的な中身は問われず、リーダーがズバッと決断すること自体が支持を集めるというのです。

日本での典型は橋下氏です。橋下氏は決断主義が支持を集めることを熟知しているがゆえに、体罰容認発言をしたかと思えば、高校生の自殺問題が明るみに出た瞬間に体罰を否定してみせる。何を決断したのか、中身なんてどうでもいい。決断主義によるサプライズ政治により、多くの支持を集められればそれでいいと思っているのです。橋下氏の決断主義を支持する人々は、決断の中身を吟味しているわけではありません。彼らは橋下氏がズバッと決めたこと自体に反応しているだけですし、憲法改正や歴史認識、行政改革といったオピニオンを熟議しているわけではないのです。(引用おわり)

 

朝鮮半島に想いをはせる

文化170908

「日が暮れて 五月蠅(うるさ)いぐらいの 虫の声」

すっかり秋らしくなってきました。こうした季節感あふれる情感は、日本人に共通体験を呼び起こすものです。五感を研ぎ澄ますことで、理性を超えた心境に達することを、東洋哲学では大切にしてきたように思います。

日本では、昔から、情緒というものを大切にしてきました。それは感性を大切にしてきた伝統です。自分の能力で、理解できる範囲の世界しか、納得できないのは当然です。

しかし、その理解できる範囲を、広げる努力をする人とそれをあきらめた人とでは、歳を取ってから雲泥の差がつくのは、当然のことではないでしょうか。いろいろな方、いろいろな団体と接していて、日本社会に蔓延する「反知性主義」これを何とかしなければならない、と思う毎日です。

地方においては、地元に根付いた商売をしている社長さんたちが、地域のリーダーです。このリーダーたちが、経営者であるにもかかわらず経営学のケすら知らないという事実を私自身が体験して、改めて中国古典の「言志四録」にある

「少にして学べば壮にして為す。壮にして学べば老いて衰えず。老いて学べば死して朽ちず。」を噛み締めています。人生死ぬまで勉強だ、の神髄が分からない人が多い。そういう人が、偉そうに教育を論じるから、世の中おかしくなるのです。

私が参加している地域活動の「健康元気村」では、「人生二元論」をモットーとしています。即ち還暦までは予選、還暦を過ぎての人生が本戦でそこでの充実した生活こそが人生の醍醐味だ、と考えています。それで地域のお医者さんにアドバイスをもらいながら、健康寿命を延ばそうとしています。

 

先日、梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)で啓発された人の集まり、知研・研究会の支部に出席してきました。そこには、知的刺激を求めて活動している人が大勢いました。庶民の立派さで持っている国が日本だ、と改めて感じた次第です。

政治家も財界人もお粗末な日本ですが、庶民のなかで立派な人が多いのが真実です。

「新版国民読本―日本が日本であるためにー」という本を上梓しましたが、その想いを理解できる人は、ごくわずかでした。情けない限りです。

こんな日本に誰がした、と繰り言を言いたい気持ちは消えませんが、前向きに提言していかねばと、この日本に住んでいて改めて思います。

「知の風土記」シリーズを、これから上梓していきたいと考える次第です。それだけ地方には、立派な人が多いということを、岩手県にいた7年間で勉強させてもらいました。

 

大正昭和初期に似てきた、とする歴史学者が多い中で、それでは、どうすれば、わが民族が、310万人も死なずにすんだのか、を考える必要があります。

昭和初期も、グローバル化の時代でした。白人の得手勝手な進歩主義・設計主義の蔓延で、多くの民族が迷惑をこうむり、未だに世界中で悲劇が繰り広げられています。彼らの傲慢を正さなければ、世に正義はありません。

日本だって、他人事ではなくなっています。朝鮮半島はきな臭くなり、米朝の露骨なチキンレースが展開されています。どこかで収束してほしいものですが、その道筋は、今のところ見えていません。基本的にはアメリカの得手勝手ぶりが、中国とロシアを「抵抗勢力」にしたから生じた現象ではないですか。

 

今日も、トランプと金正恩との間で交わされた、幼稚園児の喧嘩が報じられておりましたが、日本人からすれば、覇権を狙う大国(米中露)で勝手にしろや、だけど、責任だけは取れよ、と言いたいのではないでしょうか。

わが安倍さんも、そういうことを理解して、行動してほしいと思いますが、いかんせん「名門のお坊ちゃまなものですから、一言二言、コミットが多すぎるような気がしています。朝鮮民族は、大和民族にとっては、トラブルメーカーです、と一言いえば済む問題です。

任那の時代、元寇の時代、豊臣政権の時代、日清・日露の戦争、すべて「戦争のタネ」は朝鮮半島にありました。全世界の指導者に対して、歴史をよく勉強しろ、と言えば済むことだと、私は思います。「朝鮮半島のことは放置しろ、関わるな」が、最終的な私の結論です。

「グローバリズムの罠」という文章から

経済170907

三橋貴明氏が「グローバリズムの罠」という題で、日本の問題点をうまくまとめています。「トリクルダウン」などという言葉をねつ造して、国際金融資本やレントシーカーに奉仕してきた御用学者たちは、どういう弁解をするのか、聞いてみたいものです。

引用してご紹介します。 

引用:

エレファント・カーブとは、グローバリゼーションが進んだ結果、所得の増加が先進国の富裕層と、新興経済諸国などの労働者層に集中。先進国の中間層や貧困層は、恩恵を受けなかったことを示す有名なグラフです。
資本(カネ)の移動が自由化されてしまい、かつ技術も国境を越えて動くとなると、特に大手製造業が、「人件費の高い国内から、人件費が安い外国に工場を移し、生産しよう」となるのは当然です。
特に、グローバル株主資本主義により、「国家」「国民経済」を意識しないグローバル株主の意向が経営に働きやすくなると、必然的にそうなります。グローバル株主が求めているのは、あくまで「自分の利益最大化」です。
株主構成に占めるグローバル投資家の割合が増えると、株主から配当金増額や自社株買いを求める圧力が強まり、企業は費用(人件費など)の引き下げに走ります。
正規雇用を非正規雇用やパートタイマー、アルバイトに切り替えるのはもちろん、最終的には「安い人件費」を求めて、資本(工場など)が国境を越えるのです。
結果的に、国内から良質な雇用が失われていき、エレファント・カーブが描かれる。
グローバリズムにより、国内の所得格差は拡大。社会は不安定化していき、国民にルサンチマンが蔓延。レントシーカーは、既得権益を享受していると思われる団体を攻撃します。
となると、ナショナリズムが前提となる「経世済民」的な政策は打てなくなります。教育や医療といった制度までもがゆらぎ、日本を日本たらしめていた文化基盤が毀損されます。
さらに、企業が「安い人件費」を求め、移民を受け入れ、外国人労働者の雇用に走る。

すると、ますますナショナリズムが壊れ、経世済民が遠のく。これが現在の日本をはじめ、全ての先進国が陥っている「グローバリズムの罠」です。
加えて、グローバリズムは、資本主義を衰退させます。資本主義とは、産業革命の時代から「生産性向上のための投資」により、生産者一人当たりの生産量を拡大することで発展するものなのです。
「生産者を増やす」のではなく、「生産者一人当たりの生産量を増やす」のがポイントです。
GDP三面等価の原則により、生産量=所得になります。

無論、労働分配率の問題はありますが、とにもかくにも生産性を向上させなければ、実質賃金の元になる所得は「一人当たり」では増えないのです。
生産性向上は、いわゆる国際競争力(厳密にはグローバル市場における価格競争力)をも高めます。
例えば、日本の人件費が中国よりも高いならば、生産性向上により「単位労働コスト」を引き下げる努力をする必要があります。まさに、それこそが資本主義の神髄です。
とはいえ、グローバル投資家の影響力が高まると、企業は生産性向上のための投資に踏み出しにくくなります。
なぜならば、あらゆる投資には利益を減らす「リスク」があるためです。
また、実質賃金が伸び悩むのみならず、グローバリズムは企業を「国家」から解き放つことで、逆に企業の政府への影響力を高めます。
「日本の法人税は高すぎる。このままでは、外国に工場を移転しなければならない」と、大企業がこぞって主張すると、政府は雇用を守るために法人税を引き下げざるを得ません。
実際、各国はまるで競争するかのように法人税を減税。不足する税収を「消費税」もしくは「社会保障費のカット」で補おうとするため、ますます中間層や貧困層が打撃を受けることになってしまうのです。
日本国は、グローバリズムの罠にはまり、国民が貧困化し、(中国を台頭させることにより)安全保障が揺らぎ、技術小国化し、資本主義国ですらなくなっていっているのです。
日本国民を豊かにし、安全保障を強化し、技術強国を目指し、資本主義を維持したいならば、「グローバリズム」というアイコンを疑い、是正するべきは是正しなければなりません。
グローバリズムは歴史の必然でもなければ、常なる善でもない。単なる、考え方の一つに過ぎないという「良識」を、我々は取り戻す必要があるのです。(引用おわり)

 

三橋貴明氏のこうした指摘に、無理解なリーダーたちが、日本を牽引してきました。その結果の日本の閉塞感なのです。英米ですら、そのことに気づき、方針転換を図っています。どうしたら経済成長を止めることができるのか、という「見本」になるような政策ばかりを取り続けてきたにもかかわらず、こうした意見に耳を傾けようとしないリーダーたちに、絶望感を抱かざるを得ません。

中西輝政氏の冷静な見方

政治170906

『アメリカ帝国衰亡論・序説』の著者である中西輝政氏が、いま世界に広がるテロの要因や北朝鮮問題の根本原因を、アメリカが冷戦後に犯した「“3つの間違い”にある」という見方をしています。「敵の敵は味方」などという単細胞的思考、「分断して統治する」といった伝統的な白人たちの「マニュフェスト・デスティニー」のアメリカ外交に、疑問を呈しています。

私と全く視点で、近現代史を語っていますので、引用してご紹介します。

引用:

一国で世界の覇権を握り続けようとすれば、やがてすべての国から敵視され、対抗されることになります。そうなれば主要な各国の包囲の中で孤立し、早期に覇権は崩壊せざるを得ません。この国家と国際秩序、覇権というものの宿命をわかったうえで、紛争や秩序の崩壊を防ぐための慎重な手だてや抑制が重要であり、平和と繁栄を保障する役割を担わされた覇権国にとって力とともに不可欠なのが、謙虚さとともに、とりわけ慎重な現実主義なのです。
これは、人類の何千年の、少なくとも近代数百年の、歴史や経験に基づいた知見でした。

しかるにこの25、6年のいわゆる「アメリカの一国覇権」の下で、世界がむしろ不安定化し紛争が頻発したのは、やはりアメリカがこれらの点で覇権大国としての資質に、欠けるところが多かったからでしょう。そして、ついにトランプ大統領が登場してきたわけです。

思い起こせば、ベルリンの壁が崩壊した直後の1990年から、アメリカが世界から少し身を引き、他国により対等な発言権を認めて、アメリカはむしろ関係国の中でのワン・オブ・ゼム(one of them)の立場に身を引いて、他国との協調を第一にして、国際社会にももっと自己抑制的に関わっていたら、冷戦後の世界は今のような対抗を基調としたものではなく、今よりもずっと共存と協調を基調とした多極世界が成立していた可能性があったのです。
しかし、冷戦後に世界最強の軍事力を持ち、ドルという基軸通貨を握っていたアメリカでは、逆にネオコン(タカ派の新保守主義)が強力になってきました。政治学者フランシス・フクヤマの著書『歴史の終わり』に見られるように、多くのアメリカ人が冷戦の勝利に舞い上がってしまい、大変大きな間違いを3つ犯しました。そして今、アメリカはその報復を受け、終わったはずの歴史に“追いつかれている”わけです。 

 

【間違い1】湾岸戦争によって中東の秩序を大きく崩すために、あり余るアメリカの力を用いた結果、結局イスラム過激派を反米・反西側に向かわせ、世界にテロが蔓延するようになったこと

1990年夏、クウェートに侵攻したイラク軍を排除するためと称して、アメリカは冷戦で培った最新鋭の軍事技術を備えた、50万人もの大軍を湾岸に派遣します。そして翌年1月、わずか数週間でイラク軍をクウェートから追い出すというパーフェクトな勝利を勝ち取りました。
しかし、あの程度の紛争であれば、むしろ国連の場で話し合って経済制裁を加え、せいぜいPKOを出せばよかったのです。現にイラクはクウェートからの撤退を申し出ていたことが、最近の文書公開で明らかになってきました。
ところがアメリカは、このクウェートをめぐる局地的な紛争をテコにして、自らの一国覇権を冷戦後の世界で確立することを目的に国連を利用し、安保理決議に基づいた“国際社会による正義の戦争”を演出して、自らの卓越した軍事力を世界に見せつけるために、あえてパーフェクトな勝利を実現したのです。
たしかにアメリカを中心とする多国籍軍の損害は数百人に過ぎなかったのですが、その圧倒的な軍事力のターゲットとなったイラク国民は数十万の犠牲者を出しました。
しかし国際社会では、こうした力の誇示による「容赦のない勝利」は、逆にその後の時代に必ず大きな悲劇を招きます。アメリカはのちのイラク戦争(2003年)でも、このときのような傲慢な軍事力の行使をさらに大規模に繰り返して大きな混乱を引き起こし、ISつまり「イスラム国」まで作り出してしまったのです。
もちろん、すべてがアメリカの責任というわけではありませんが、この点での反省がトランプのアメリカにはまったくないように見えるのが問題なのです。

【間違い2】唯一の超大国としてアメリカが、ゴルバチョフ、エリツィンに強い圧力を加えてロシアの民主的な改革を挫折させ、プーチン大統領のような民主主義を敵視する強力な独裁勢力を生み出したこと

これには、もちろんロシア国内のいくつもの要因が大きく関わっているのですが、同時にソ連崩壊(1991年)後、民主化や市場経済の導入でアメリカが力にまかせてロシアの内政に介入しすぎたことにも大きな原因があります。

1990年代、アメリカ国務省の全面支援のもとで、ロシアにはまったくそぐわないアメリカ型の市場経済モデルや構造改革を無理やり押しつけました。その結果、ロシアの改革は大失敗に陥り、年金生活者の老人や子どもなど多くの弱者が餓死し、ロシアの庶民がとんでもない苦難の時代をたどらなければならなくなりました。

さらに、クリントン=ブッシュ政権のアメリカが、旧東欧諸国にNATOを拡大させ、ロシアを敵視し包囲しようとしたことは、当時西側との和解に傾いていた多くのロシア人をして怨念と排他的な愛国心、さらには反西側感情をいっそう強固に抱くように仕向け、あらゆる階層のロシア人から強い反発を招きました。これがプーチンの独裁体制をもたらす重要な要因になったのです。

 

【間違い3】中国を軍事覇権国家にしたこと

これは、何にも増して冷戦中から冷戦後にかけ、アメリカの歴代政権が一貫して中国を甘やかしすぎたからです。とくにニクソン以後の共和党政権は、つねに中国を豊かに、そして強大化するよう仕向けてきました。

たとえば、レーガン大統領は軍拡競争でゴルバチョフ大統領を「雪隠(せっちん)詰め」にして、首尾よくのちのソ連崩壊を招きましたが、一方で中国に対しては、経済発展させ、また軍事強国にすべく、あらゆる手段を惜しみませんでした。当時、米中軍事交流を担当していたCIAとペンタゴンの中枢で活躍した中国専門家のマイケル・ピルズベリーは、レーガン大統領が、アメリカの法律で対外移転が禁止されていた高度な軍事技術を次々と中国に流したと、最近の著書『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』の中で告白しています。一見タカ派に見えたレーガン政権こそ、いわば”隠れ親中派”の最たるもの、あるいは“もっとも親中的な米政権”だったと言ってよいでしょう。

さらにそれ以前、よく知られた通り1970年代の米中国交回復への道を切り拓いたニクソン大統領とキッシンジャー国務長官の時代から、共和党がいかに親中だったかは、歴史が証明しています。共和党のトランプ政権で、われわれが警戒しなくてはならないのは、まさにそこなのです。(引用おわり)

なぜ、日本社会が閉塞感にあふれるようになったのか、なぜ、日本経済はデフレに陥り、成長から取り残されたのか、という答えを見出すためにも、その背景にある必要な情報を提供してくれています。まったくもって得手勝手なアメリカに振り回され付き随ってきたのが、われわれの選んだ政治家であり、優秀とされる官僚たちでした。それを支持してきた財界人や、国民に正しい情報を提供しなかったマスコミ人も同罪です。北朝鮮問題が深刻化し、不安な昨今ですが、われわれは内向きを卒業し、もっと国際政治にも関心を持つべきではないでしょうか。

参照・・・「ピルズベリーの書いた本」(文化151105〜07)

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