下山の思想

文化200904

五木寛之が提唱している「下山の思想」というものがある。これから、日本は衰退が必至なのであるから、それに備えて心の準備をしておきましょう、というやつである。

文学者が、門外漢のことを言うことを止めはしないが、あまりにも無知であるにもかかわらず、共感を覚える、という人が多いから困ってしまう。

人口減少を衰退の要因にしているが、とんでもない誤解である。例えば、ヨーロッパでは、黒死病による人口減少が、農民の地位向上につながり、「封建制度という契約社会」へ移行して、そこからルネッサンスや宗教改革といった新たな時代のうねりを生み出したのである。

日本が平和であった、ということに関してはご同慶の至りなのであるが、衰退の道を歩んでいることに対して、もう少し事実を整理して、因縁果を明確にしておく必要があるのではないか。

さらに、経済学、社会学、政治学、などの社会科学的アプローチを踏まえなければ、間違った方向へ社会を誘導してしまう。影響の大きい有名人の社会的責任であろう。

 

興味深い歴史事案に題材をとり、もっともらしく物語を紡ぐと、歴史小説が出来上がる。小説だから誰も事実関係を検証しないが、いつの間にか、特定の視点から、歴史を語ると、史観が出来上がる。「司馬史観」と言われるものは、そうして出来上がった。

江戸時代は遅れていたと決めつけ、明治時代を引っ張った元勲たちを持ち上げ、日露戦争以降の軍人は、組織が確立するとともに、勢力争いに明け暮れ、堕落していった、という視点が貫かれている。しかし、本当にそうなのか。私には、内向きの内部変化にばかり光を当て、諸外国の意図や事情、外部環境の変化を軽視しているとしか思えない。

政治上の大変革があった場合に、新政府は、自分たちの正統性を確保するために、前政権をあしざまに言うケースが多い。中国や韓国ほどひどくはないが、日本もそういう傾向は、若干なりともある。

明治新政府にとっては、江戸幕府の治世をマイナス・イメージにしておかなければならない事情があった、ということである。司馬は完全にその路線に乗っかっている。

 

近年、ヴェノナ文書が一部公開され、いかにアメリカのルーズベルト政権が、ソ連のスパイに蹂躙されていたかが明らかになっている。また、ソ連の崩壊により、公文書が公開され、例えばノモンハン事件の見方も変化しつつある。これなど、日本が、いかに「情報」を軽視していたかがわかる資料であるが、われわれは、今もってインテリジェンス軽視という習性を変えられてはいない。ところが、その習性ゆえに、戦前と同じ失敗を繰り返している、という自覚のある人は、未だに皆無に近い。

 

敗戦を契機に、勝手な史観を作り上げられ、それからの脱却の努力もせずに、放置しておくから、それが政治に影響し、経済に影響し、日本の誇る文化的基盤さえ近年、危うくなっているのではないか。白人由来の「卑しい精神」が、何かにつけ顔を出す。卑しさは、本来、日本人の最も嫌う要素であった。「武士道」である。そういう精神風土が、棄損されているのではないだろうか。

 

挙句の果てに「下山の思想」みたいな敗北主義が蔓延している。もう人口も減少する中にあって、経済成長は諦め、二流国になるのもやむなし、平和だけを唯一の価値といたしましょう、と聞こえる。

何を言っとるのか、21世紀は「日本の世紀」にしなければならなかったのではないかと私は思う。

それができたはずだと今でも思う。そして世界に平和のためには、そうしていかなければならない。

なぜなら、資本主義の考え方、民主主義のあり方、国家統治の考え方、すべてにわたって戦後の日本が、世界のお手本になりうる制度設計をしていたからである。

 

白人の驕りを世界で初めて諫め、中国の傲慢に鉄槌を加え、民のかまどの国を「一億総中流社会」という形で現出させた国ではないか。なぜ、そういう矜持が持てなかったのか。

1980年代から、そういう認識のない者が社会のリーダーになってしまった。そこが問題なのである。WGIPの一環として、仕組まれた戦後民主教育という「毒薬」が、日本全体の機能不全を招き、またしても、経済力の衰退という、取り返しのつかない失敗に繋がった、と言うべきである。

どこかで食い止め、反転攻勢しなければならない。

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