ブランシャールのIMF改革

経済200905

ブランシャールのIMF改革の記事があったので、ご紹介する。新自由主義の巣窟であったIMF、「雨が降れば傘を取り上げる」IMFを、多少なりともケインズ型に変えた功労者である。ところが日本では、今もって市場原理主義から離脱できずに、相変わらずの経済の低迷に苦しんでいる。

グローバル化へ対応する、と称して行われてきた「改革」のほとんどすべてが失敗であったことが、これほど明確になっているにもかかわらず、その延長線の「更なる改革」を志向しているのが、日本の主流である。「時代」が見えていない。「世界」が見えていない。日本人としての「価値観」が欠如している。このままでは、ますます日本は、衰退していくのだろう。

引用:

IMFはもともとケインズが、第2次世界大戦後まもない時期に設立に関わっており、国家における経済政策(金融政策・財政政策による景気対策)が世界経済においては不在であることを危惧して「雨の日に傘を貸す」ために作られた機関だった。ところが、さまざまな紆余曲折を経て、各国政府の財政に関して新自由主義的な自己責任論を主唱する巨大官僚組織、今の言葉で言えば「財政警察」になってしまっていた。それをスティグリッツやブランシャールが徹底的に批判しているのだ。

そして、リーマンショックの最中に、ブランシャールはそのIMFのエコノミストに就任することになる。その背景には、専務理事ドミニク・ストロスカーンの誘いがあったといわれている。ブランシャールの予想どおり、IMFは新自由主義の巣窟であり、また、予想以上に官僚的な縄張りが張り巡らされていて、その論争は「塹壕戦」のように消耗するものであった、と述懐している。専務理事の後ろ盾があり、上級職を務めるエコノミストであっても、初期は連戦連敗であったようだ。

しかし、彼の知的で率直な物言いは、その後もずっと続けられ、そして世界経済が直面する困難には背に腹を替えられない状況があった。ブランシャールの粘りにより、アイスランドやキプロスの資本規制実現を勝ち取り、それを皮切りに、危機に陥った国に必要な規制を認めさせるための小さな勝利を徐々に積み重ねていく。

ストロスカーンの失脚後、フランス国内で緊縮派として知られていたクリスティーヌ・ラガルドが後任に就いたが、当初は「財政警察」的だった彼女も、次第にブランシャールの分析と方策を頼るようになっていった。ブランシャールは、持ち前の明晰さと率直さを武器にしつつ、普通の経済学者ならば嫌がる政治的な説得を終始いとわなかった。その継続的な積み重ねは、「優しくなったIMF」と専門家から驚嘆の目で見られるほどの変革を実現した。

ノーベル賞経済学者の2人、ジョージ・アカロフからは「彼はまさに正念場に世界が必要としていた人物だった」、スティグリッツからは「オリヴィエはIMFを新しい考えに解き放つうえで重要な役割を果たした」と称賛を送られている。リーマンショック、欧州金融危機から世界経済を救った中心人物がブランシャールなのである。2015年、彼はIMFでの務めを果たしMITに復帰した。

このような認識の中、ブランシャールは昨年、消費税増税に前後して日本への提言も行っている。「現在の日本の状況では、財政赤字と公的債務残高の圧縮よりも、成長の維持を重視すべきだ。財政出動には、短期的には需要を喚起し、長期的には供給を強化するという少なからぬメリットがある。しかも、公的債務の財政・経済コストは限定的である」(『日本経済新聞』2019年10月7日)そして最近は、コロナウイルスに苦しむ世界経済に対し、リポートで各国の中央銀行の金融緩和を評価しつつ、さらに財政拡大の重要性をよく発信している。危機下こそが経済政策の出番であり、経済学はまた、世界をよりよく変える可能性を秘めている。      (引用終わり)

IMFやBIS、これら国際金融資本の奴隷になり果てたわが財務省の官僚たち、中国共産党の本質が露わになってもなお意識も行動も変えない財界人、アメリカの変身が理解できない政治家たち、こんなリーダーにおもねり服従しているマスコミ人や学者たち・・・寄ってたかって、この日本をダメにしている。

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