『市場と権力』のご紹介

文化200907

菅新首相は、懲りもせず、さらに新自由主義的「改革」に邁進する気のようです。この人は、なぜ、日本の経済が停滞し、社会が閉塞しているかの理由もわかっていない。政策が対症療法に留まり、国家像も明確に描けていません。どこかで頭を切り替えなければ、日本丸は、もう沈没してしまう惧れすら出てきました。

会見を聞いて、政治の最前線に7年8か月もいて、習得できたものがこの程度か、とあきれざるを得ません。何の問題意識も持たずに、ひたすら調整作業をしていたのでしょうか。リーダーに必要な、物事の本質を追求するための「知的生産技術」が全く身についていません。

アメリカに追随し、「外圧を利用して、日本を改革する」という流れを作った戦犯は大勢いますが、その中心が竹中平蔵です。ここで、彼の評伝『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像 』(講談社・2013年)佐々木実著の書評を紹介しておきましょう。 

引用:

1999年に小渕内閣の経済戦略会議が「個々人の自己責任と自助努力」をベースとする競争社会への変革を提言する。このとき公助もセットで言及されたが、結局は自己責任と自助努力が過度に求められる社会に向かっていった。この経済戦略会議に竹中平蔵はいた。その後、竹中平蔵は小泉政権に入り込んで構造改革や規制緩和を推し進め、非正規雇用を増大させるなど、社会の様相を変えていく。

本書は、大宅壮一ノンフィクション賞や新潮ドキュメント賞を受賞するなど評価が高いことに加えて佐々木実が取材によって掘り起こした、あるエピソードが載っていることでも知られている。例えば、竹中平蔵が初めての著書を出版するのは33歳のときのこと。それによってサントリー学芸賞を受賞する。ところがそこには他の研究者と共同でおこなったものも取り上げられているのだが、「共同研究に基づくものであるという事実が、巧妙なやり方でぼやかされ」、竹中個人で行ったものであるかのようになっていた。成果をひとり占めされた共同研究者はその著書を見て、泣きだしたという。本書に収められた数多くのエピソードのなかでも、これが特別ウケたようで、ネットでたびたび取り上げられている。それはなぜか。石井妙子『 女帝 小池百合子 』のマニキュアの話がそうであるように、ここに人物の本性が端的に出ているからだろう。それはひとびとが日頃から漠然とおもう、竹中平蔵のズルさだ。

肩書の使いわけもそうだ。90年代末、竹中平蔵は慶応大学の教授など様々な肩書を得る。そのなかには国際研究奨学財団(後に東京財団)の理事もあった。フィクサー・笹川良一が設立した日本船舶振興会からの資金で出来たシンクタンクである。しかし笹川良一のダーティーなイメージを嫌って「東京財団でやっていたことを書くときでも、慶大教授の肩書で発表していました。東京財団の名前は出さないことが多かった」という。これは今日、竹中平蔵が新聞やテレビ番組などで労働に関する政策について論じる際に、パソナ会長の肩書を隠して大学教授を名乗るのに通じる話だ。もっとも、こうしたズルさの最たるものは自らが進めた規制緩和によって儲けるパソナの会長になったことであろうが。

如才なく、悪くいえばズルく、身ひとつで這い上がっていく。その過程で「博士号取得工作」などをして大学教授にまでなると、今度はサイドビジネスとしてシンクタンクの職を得る。このあたりが『市場と権力』の読みどころだ。佐々木実は、竹中平蔵にとってシンクタンクは「政治に近づくための手段であると同時に、大きな報酬を得るための大切な収入源」であり、「経済学という知的資産を政治に売り込み換金する装置」であったと看破するのである。「ビジネスとしての経済学」に目覚めた竹中平蔵だが、凡百の秀才と異なるのは、シンクタンク程度にとどまることなく、政府のなかに入っていき、さらには小泉内閣の大臣にまでなってしまうことだ。こんな人物は、ほかに例があるまい。同時に、それが日本社会にとって不幸を生み出していく。

橋本健二著『「格差」の戦後史』に印象的な一文がある。

「1999年2月、その後の日本の運命を決定づけたといってもいい答申が発表された。経済戦略会議の『日本経済再生への戦略』である」。竹中平蔵はこの経済戦略会議の委員であった。そしてこの答申は平等・公平を重んじる社会から自己責任・自助努力の競争社会への転換を謳うのである。これによって規制緩和が進められ、労働市場の流動化を図った結果、非正規雇用の増大を招くなど、その後のデフレを決定的なものとし、経済成長から見放されてしまった。

経済戦略会議の委員だった中谷巌は「あるべき社会とは何かという問いに答えることなく、すべてを市場任せにしてきた『改革』のツケが、経済のみならず、社会の荒廃をも招いてしまった」と、文藝春秋2009年3月号掲載の「竹中平蔵君、僕は間違えた」と題する小論で自己批判する。 

もちろん竹中平蔵は「間違えた」などとは思ってはいまい。なにしろ規制緩和によってできた市場で儲けるパソナの会長になったくらいだ。安倍晋三が首相となった翌月の2013年1月、新設された産業競争力会議の場に、さっそく竹中平蔵はいた。そして今日にいたるまで政治に影響を及ぼし、菅義偉も安倍政権の継承をいうくらいだから今後もそれが続くだろう。佐々木実『市場と権力』は、竹中平蔵のピカレスク(悪者物語)であると同時に、この先も、社会が抱え続けるであろう宿痾が、いかにして生まれ、肥大化していったのかを知るのに役立つ本である。 (引用おわり) 

市場原理主義に内包された「卑しい精神」は、日本人の「卑怯を憎む」精神文化とは相いれない。竹中平蔵たちは、そういう日本人のエートス(民族の価値観)すら持ち合わせていなかった。

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