異端者の出番だ(3)

政治200903

安藤裕衆議院議員が、「行き過ぎた株主資本主義、ROE至上主義、いわゆるコーポレートガバナンス改革を見直して、働く人にも取引先にも恩恵が行き渡る利益配分が必要だ。新しい総理総裁には、この改善が求められる」とツイッターしています。

要するに新自由主義的な改革を根本から見直す必要性を訴えているのです。

これが、安全・安心・安定・公正・寛容な社会を目指す保守の原点であり、日本には、保守政党が必要です。この30年の日本の衰退ぶりを振り返れば、そういう反省ができないことが不思議です。

「戦狼外交」を繰り返す傲慢な中国を作った主犯のアメリカは、反省し宗旨を変えているのに、そのアメリカに追従してきた「共同正犯の日本」に、反省の声が上がらない。 

安藤議員のような異端者が、自民党内にもいることが何とも心強い。自民党の三回生ではあるが、こういう人をみんなで担がないといけないのではないか。そういう仕組みができないものでしょうか。

いつぞや「出たい人より出したい人を」というキャッチフレーズがありましたが、その通りですね。

小浜逸郎氏が『経世済民新聞』に安倍政権の「負のレガシー」を手際よくまとめ、安藤氏にエールを送っています。引用して紹介します。

引用:

安倍政権の「負のレガシー」を、3分類して、まとめておきましょう。

(1) 財政緊縮系

・プライマリーバランス黒字化目標堅持。
・二度の消費税増税。
・公共投資、地方交付税交付金、科学技術予算、教育支出、防衛費、防災費、診療報酬、介護報酬などの抑制と削減。
・公共病院統廃合と病床の削減。
・国民の社会保障負担の引き上げ。

(2) 規制緩和系:
・派遣拡大、残業代ゼロ制度。
・混合診療拡大。
・水道民営化。
・非正規公務員割合の拡大。
・モンサント社(現バイエル)の農薬グリホサートの安全基準引き上げ。
・種子法廃止(種苗法改定法案も閣議決定)。
・農協改革、農地法や農業委員会法の改定。
・漁業法改定。
・国家戦略特区にてグローバリズム政策を実行。
・電力自由化。
・民泊拡大や白タク解禁の検討、シェアリング・エコノミー推進。
・IR法(カジノ解禁)。
・法人税減税。

(3) 自由貿易系: 

・TPP、日米FTA、日欧EPAなどの自由貿易協定。
・移民受け入れ拡大。
・インバウンド依存推進のためのビザ緩和。
・外国人の土地購入推進。

その結果、何が起きたかも見ておきましょう。
・25年続くデフレの継続・悪化
・実質賃金:マイナス15%
・2019年10〜12月期におけるGDP:前期比年率マイナス7.1%
・2020年1〜3月期におけるGDP:前期比年率マイナス2.2%

・2018年1人当たりGDPは、今や世界26位まで下落

・世帯収入中央値:95年550万円から、2017年には423万円に
・非正規労働者割合:2014年に37%を突破、以後高止まり。
そこにコロナ禍で、2020年4〜6月期GDP前期比年率マイナス27.8%という仕儀に至りました。 

安藤裕衆議院議員が代表を務める自民党の議員連盟「日本の未来を考える勉強会」では、コロナ以前から消費税ゼロ、大胆な財政出動を主張してきました。さらにコロナ禍からの打撃を、早急に回復方向に向かわせるために、消費税の廃止、休業を余儀なくされた経営者への100%粗利補償、真水100兆円の国債発行など、真に実効性のある政策を提言しています。
安藤グループは、インフレ率の制約さえ守れば、政府がいくら財政出動をしても一向に困らないという事実を理解している数少ない人たちです。窮乏化した国民を救い日本の経済を立ち直らせることこそは、国家の役割です。この人たちは、MMTを理解し、理論的根拠をしっかりと持って、経世済民政策に舵を切ろうとしているのです。
もちろん、諸般の事情から見て、上記の政策提言が、そのまますんなり通るのは至難の業でしょう。既に「ポピュリズム」の一言で切って捨てる動きも出ています。しかしこの際、少なくとも一つの重要なステップとして、安藤氏に立候補してもらい、その存在感を内外に印象付けることには大きな意義があるのではないでしょうか。 (引用終わり) 

一言で言うと、「競争激化による生産性の悪化と格差拡大・地方の疲弊・少子化」ということです。

日本にも「ジャパン・ファースト」を訴える政党が必要です。「失敗世代」を反省させて早く引退させることが肝要です。菅も石破も岸田も、総理の器ではありません。

異端児の出番だ(2)

政治200902

中国共産党は人類の敵である、感謝を知らない朝鮮民族は永遠に日本とは和解できない、などという言辞を弄すると、今の日本では、異端児となってしまうだろう。いつのまにか日本人は、アメリカの敷いたレールの上を走らされ、硬直した理念に犯されてしまった、ということではないか。

閉塞した社会に風穴を開けるのは、そういう異端児こそが期待されているのだと思う。

平成を主導した主流派が、認識不足から政策を過ち、袋小路に迷い込んだ今、根本から認識を変えるパワーが望まれる。組織の柔軟性は、多様性から生まれるものである。「目覚めよ、日本人」と言いたい。そういう異端児の文章を2つ紹介しておこう。

引用1: さかもとかずや氏の文章から

米国は中国との国交回復(1979年)以来、中国に対する関与の深化が「中国社会を、より開放的にし、中国を、建設的で責任あるグローバルな利害関係者」に変える、との希望を持ち続けてきた。だが、その希望は潰えた。中国共産党は「自由で開かれたルールに基づく国際秩序を利用しつつ、それを自分たちに都合のいい秩序に変える」ことを企てている。米国は、その企てに対抗するため、中国へのアプローチを「競争的アプローチ」に転換する。

中国共産党のイデオロギー、米国内での中国の諜報活動、不公正な経済政策などを、厳しく批判するとともに、ポンペイオ国務長官は、「世界は、米国か中国かではなく、自由か暴政かの選択に直面している」とまで論じた。

米国が、約40年間続けてきた対中関与政策をやめるという以上、日本がこれまで通りの対中政策を続けることは難しい。パンデミック発生で明らかになった、中国との経済的相互依存が持つ安全上のリスク、発生後の中国のあまりにも非常識な言動にも鑑み、日本もこの際、中国に対する従来のアプローチを、政治、経済、安全保障、すべての面で見直すべきだろう。

引用2: 上島嘉郎氏の新講座「韓国併合の研究」の宣伝文から

1900年代、日本が統治する前の韓国は、「世界の最貧国の1つ」と言える貧しい国でした。

人々には活気がなく、不衛生であったために疫病が蔓延して、主な産業がないどころか、お金という概念すらもありませんでした。そんな彼らの住む場所には、道路・橋・鉄道・ダム・病院・警察・消防署・裁判所・郵便局といった近代的なものは何一つ見られず、農業技術や工業技術は、非常に遅れていました。そんな原始的な生活をしていたのですが、身分制度だけはしっかりとありました。その身分制度は、当時の身分のトップである両班(ヤンバン)と呼ばれる貴族のために作られた制度で、両班(ヤンバン)は働いてはいけない、というルールを作り、階級の低い国民は過酷な労働を強制され、財物があれば取り上げられ、妻が美しければ妾として奪われ、逆らったら拷問にかけられ殺されるようなことが、日常的に行われていました。

そうして、国民がモノや家畜同然の扱いを受けてきたのもあり、国民の平均寿命はわずか24歳だったと言われています。

そんな当時の韓国は、長い間中国の属国であったにもかかわらず、中国の王朝が半島を自国領にしなかったのは、半島には価値ある文化、富や食、豊かな土地などがまったくなかったからというのがその理由です。

しかし、1910年8月22日に、韓国併合条約が日本と韓国の間で結ばれ、実際に日本の統治が始まると、まず、極端で独裁的な身分制度と残虐な刑罰制度が廃止され、韓国民の人口の94%は文字が読めなかったので、彼らでも覚えやすいハングルを探してきて、日本の印刷工場で教科書を作りました。それから昼は子供に、夜は仕事を終えた大人たちに文字を教えて、国内に4,000以上の学校が造られました。その結果、国民の識字率は3.6倍になり、国民の間でちょっとずつ知識が共有されてくると、日本人と韓国民が協力して道路・橋・鉄道・ダム・病院・警察・消防署・裁判所・郵便局といった今では当たり前とも呼べる制度や施設が誕生し、日本は近代的な農業技術工業技術漁業技術といった持てる技術と知恵を惜しげもなく韓国に教えました。

こうして、人々の生活は豊かになり、日本が統治した35年の間に人口は倍に増えて、平均が24歳だった寿命も56歳にまでなり、統治した当初に見られた反発も生活が豊かになるにつれ、全く見られなくなりました。

そして、この間に日本政府が韓国につぎ込んだ金額は、なんと累計20億7892万円です。今日のお金で63兆円にもなる巨額の資金を日本国民の血税から捻出して韓国を救いました。

まさに家畜同然だった韓国人にとって、日本はヒーローであり、日本が今の韓国の土台を作ったといっても過言ではありません。(引用終わり)

中国人や朝鮮人を、個人的に、ヘイトで貶めたり、民族差別をしてはならない。だが、彼らがどんな教科書で歴史を勉強し、どんな歴史観・世界観・価値観を身に付けているのかは、お付き合いしていくうえで大事なことだ。そして、中国には「国家情報法」があり、「国家安全維持法」があるということ、韓国には「破墓法」まで検討されているということ、を十分認識しておくことが重要である。

そうすれば、近隣とはいえ、こんな国とまともにお付き合いなどできるはずがない、ということがわかろうというものだ。深謀遠慮のできる人材は、日本の政界では育ちそうにないのが残念だ。

大不況が迫っている

政治200809

内閣府が8月17日発表した2020年4〜6月期の国内総生産(GDP)速報値によると、物価変動の影響を除いた実質GDPは1〜3月期に比べて7・8%減、このペースが1年間続くと仮定した年率換算は27・8%減だった。新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が大きく落ち込み、リーマンショック後の09年1〜3月期の年率17・8%減を超える戦後最大のマイナスとなった。これで、実質GDPは、消費税率が10%に引き上げられた影響を受けた2019年10〜12月期から3四半期連続のマイナス成長となった。

予想されていたとはいえ、大幅な経済縮小である。30年間も成長できずにいて、さらにこういう事態に至ったことを、重く受け止める必要がある。そして大事なことは、リーマンショックとは違い、金融経済ではなく、実体経済の縮小に端を発している、ということである。ということは、より多くの関係者を巻き込み、しかもそれは中小零細企業者が多い、と予想されることである。影響が長引き、放置すると、大不況となることは必至である。財政を、もっと大胆に、スピーディに動員することだ。そこらじゅうから悲鳴が聞こえているではないか。家賃や人件費といった固定費は、一定の売上げがなければ、賄えるものではない。営業自粛を要請する以上、経営者には、粗利補償を、一定限度するべきだ。失業者を出さない工夫を、もっときめ細やかにするべきだ。

こうしたときに、ネックとなってくるのが、財政均衡論者である。未だに「プライマリーバランス」などという意味不明の概念を、振り回している。「財政法第4条」というGHQの置き土産は、日本を再び戦争させないようにするための陰謀と言ってよい。そんなことも理解できない政治家が何と多いことか。そういう「先生方」に、先進国の中で日本だけが、経済成長していない理由を聞きたいものだ。コロナ以前に消費税をちょっと上げただけで、年率7%以上もGDPが下落している。こうしたことは、何を意味しているのか、分かっているのだろうか。それとも、「痛みを伴う改革」が不足している、とでも言うのだろうか。そういえば、「生産性」という言葉の意味も知らない識者なる者が、マスコミで、ニュース解説しているような国である。どこまで落ちれば、気が済むのか。政治家には、「不作為の罪」というものがある。それ相応の立場にあれば、全体最適へ向けて、行動する義務がある。誰かが「優秀な人が政治家になったりしますか?」と言っていたが、それが、日本の現状である。

経済は生き物である。具合が悪くなったら、発熱したり、咳が出たりするものだ。そういう症状は、経済で言うと、インフレであり、金利の変化であり、為替の変動である。そういう症状を見極めながら、財政と金融を調整していくのが経済政策の本道だ。それを「プライムリーバランス」などという机上の空論を持ち出すから、経済がおかしくなっている。中野剛志氏が『富国と強兵』で丁寧に説明している通りである。

肝心なことは、財政均衡論者に欠けているのは、「貨幣」というものの理解である。複式簿記から勉強し直せと言いたい。彼らは、根本からわかっていないということだ。国家財政を、家計と同じように見る、という素人論議が幅を利かせている。日本銀行券という貨幣は、返さなくてもいい。政府の子会社、日本銀行の借金だ。MMT論者が正しく指摘している通り「政府は、将来の支払いに対して非制限的な支払い能力を有している」ので「政府の債務超過による破綻は起こりえない。」当然のことながら、財政規律を無視しているのではない。ただ、「財政赤字による赤字国債発行の限度は、インフレ率という制約条件によって示される」と言っているに過ぎない。

一方で、日銀の金融緩和は限度を超えている、と考えている。国債を日銀が大量購入することで銀行経営が苦しくなっている。特に、ETF購入は問題である。日本は、資本主義国のはずである。しかし、そんな無茶をしても物価は目標まで上がらない。これをどう考えればよいのか?そしてこうした素朴な疑問を、マスコミは、誰一人として追求しないのは、なぜなのだろうか?

コロナ対策も中途半端、景気対策も中途半端、この国は、今のところ、過去の遺産で食いつないでいるが、この先、どこまで衰退するのか。安藤裕氏を総理大臣にするしか打開策はないようである。

戦わなかった日本人

政治200804

経済成長から一人取り残され、GDPの日本の世界シェアは、18%近くから6%近くまで、この30年間に下がってしまった。かつての経済大国は「普通の国」になってしまった、ということである。

日本では、誰も、それはなぜか、を追求しないが、アメリカにしてやられた、ということである。

日本は、「戦うこと」を放棄したから、こうなった。

結果、日本では、子供の貧困や女性の貧困が表面化し、地方では限界集落が話題になり、年間出生者が90万人を切るほどの少子化が進み、毎年50万人も人口が減る社会になってしまった。

 

ただし、だからこそ、平和を保てた、とも言える。いまオハチは中国に回り、もし日本が、戦っていたら、今の「米中関係」のようになっていたのかもしれない・・・。歴史には、「イフ」はない。

レーガン時代の「プラザ合意」やパパ・ブッシュ時代の「日米半導体協定」。これらがバブル景気、バブル崩壊、そして、その後のバランスシート不況と言われる、長い不景気につながった。

そのうえ、クリントン時代には「日米構造協議」という内政干渉を跳ねのけることもできずすっかりアメリカ式の「株主資本主義」に慣らされ、それをもって「グローバル化」と称しているのである。

 

日本という国は、庶民は立派な人が多いが、指導層は人を得ず、実にお粗末だと思う。

2世や3世ばかりが目立つ政治家、彼らは、日本の「伝統的統治思想」は持ち合わせてはいない。

欧米流の「卑しい精神」に汚染された日本の経営者たち、彼らは「石門心学」といった日本資本主義の精神的支柱が決定的に欠けている。緊縮財政の音頭を取ってきた財務省役人に至っては、国際金融資本の走狗になり果てた自覚すらない。

 

「株主資本主義」といった日本人の倫理規範から遊離した制度を導入すると、組織運営上の齟齬をきたすのは当たり前である。4半期ごとの収益重視や株主配当重視は、日本社会を分断し、需要不足から、すっかり成長できない経済になり果てた。

グローバル化と情報技術の進展から、世の中、すっかり、過当競争の時代になった。過当競争から付加価値生産性が低迷し、サプライサイドは更なるコストダウンを迫られ、人件費にしわ寄せされ、ますます需要不足となって、デフレスパイラルに陥ってきたのが平成の御代であった。

職場では、派遣労働が一般化し、正社員も「成果主義」に苦しめられ、挙句の果てにリストラの頻発、日本社会から、希望とか安定は消え失せた。

 

日本に代わって台頭してきたのが中国である。安い人件費を武器に「世界の工場」として発展した。

それを推し進めてきたのが、アメリカである。総身に智慧の回りかねる親中派である。キッシンジャーやブレジンスキーなど、国際金融資本家たちの利益代表のような人物たちだ。中国に「幻想」を抱いて、「豊かになれば民主化するだろう」と踏んでいた。

戦前、日本人が中国に関するレポートを多数書いているが、「焚書」によってすべて灰にしてしまった。そんな野蛮なことをするから、彼らは、智が蓄積されないのである。そして失敗を繰り返す。

戦後のアメリカ外交は、失敗の連続である。もう覇権国の地位も、風前の灯火である。欧州でさえ言うことを聞かなくなっている。AIIB事件が、その典型だろう。ドル基軸をみんな崩したがっている。

 

一方の中国は、最近ますます強権的になり、世界覇権をめぐって、アメリカに挑戦するようになった。軍事力を増強し、南シナ海や東シナ海に進出し、「一帯一路」と称して途上国を籠絡し、「AIIB」を設立して、新しい秩序を形成しようとしている。香港の自治という50年間の約束を反故にし、台湾併合を狙っている。また、ウィグル・チベット・モンゴルなどの少数民族の浄化までしている、という。

彼らの「悪辣さ」は、もうこれ以上言及するまでもあるまい。中国共産党は、「人類の敵」である。技術を盗み、ファーウェイを使って5G通信で先行し、ビッグデータを収集して、世界を支配しようとしているのだろう。監視社会を作り出して人権を抑圧している。とんでもない「フランケンシュタイン」だ。

 

さすがのアメリカも、中国の危険性について、ようやく気付いた。今、激しく反中国政策を展開しているが、「自分で蒔いた種なのであるから自分で刈り取れ」が基本である。ただ、日本も、地政学的観点からすると、アメリカに追随しておいた方が良い。

特に、中国に進出しているドイツやフランス、さらに、近隣国のインドやロシアを巻き込む役割は、果たすべきであろう。

日本の「外交力」が試される時期が近付いている。「経済力」の衰退が、返す返すも残念だ。

シュラー氏のメッセージから

政治200802

アメリカ海兵隊出身のマックス・フォン・シュラー氏が、日本人へ向けてメッセージを発信しています。日本が「日本」であるためにどうすればいいかを考えてきた私には参考になる文章ですが、一方で、日本の弱点を痛感させられたので、彼ほど楽観的になれない、という事情もあります。ともかくも、『致知』で紹介された彼のコメントを引用します。 

引用:

まず最初に言っておきたいのは、有事が起こった時に、もはやアメリカは日本を守れないということです。混乱する内政面においてもそうですが、軍事面でもアメリカは非常に厳しい状況にあります。勢いを増す左派の活動、ポリティカル・コレクトネスやフェミニズム運動の高まりは、アメリカ軍にも深刻な影響を与えています。

軍隊は当然、戦争を遂行し、敵を殲滅させる強い人間を養成することを目的としています。もちろん、性別による不当な差別はなくさなければなりませんが、重い武器・弾薬類を運んだり、精神的・肉体的に過酷な環境での長期にわたる任務に従事したりと、軍隊では男性に適した任務が多い。しかし、アメリカのフェミニストは、そうした男性中心の文化は差別主義であり、崩壊させなければならないと主張しているのです。

フェミニストには、高学歴でエリート層の女性が多いため、政治的な権力を持っています。その権力を利用して軍隊を変質させてきました。特に民主党のオバマ政権は、半ば強制的に女性を軍隊に入隊させることを認めさせました。そのため、アメリカ軍では能力のある軍人が性差別主義者とみなされ解任されたり、処遇に不満を抱いて除隊してしまう事態になっています。

加えて現在、アメリカ軍に新型コロナウイルスの感染が広がり、その能力は大きく損なわれています。日本はこの先、アメリカ軍は軍事的な機能不全に陥る可能性があること、あるいは限られた人数・部隊で日本を防衛しなくてはならない、という事実をしっかり認識し、自らの国は自ら守るという気概を取り戻す必要があります。

はっきりいえば、日本はもういいかげんに憲法九条を改正しなくてはいけません。元海兵隊の私からすれば、憲法九条が日本を守ったことはない。日本を守ってきたのは、自衛隊と在日米軍の結束であり、軍事力による抑止です。中国が尖閣諸島に上陸してこないのは、日本の海上保安庁が巡視を怠らず、後ろに海上自衛隊が控えているからです。憲法九条があったから、ではありません。日本人一人ひとりが、一日も早くこの現実に目を覚ますことを願ってなりません。(引用終わり)

アメリカの衰退は、もう明らかです。「軍事力」と「ドル基軸体制」という覇権の源を、首の皮一枚で、持ちこたえています。「軍事力」は、国民の分断により衰退の一途、経済力の鍵「ドル基軸体制」も、ブロックチェーン技術の進展で「仮想通貨」が普及すると、終わりを告げると言われています。日本は、まだアメリカが覇権国を維持している間に、ヨーロッパとも協力して、中国共産党という「人類の敵」を崩壊させなければなりません。それが、日本の大戦略であるべきです。

ただし、憲法の改正には、私は、慎重な姿勢を取っています。理由は、日本社会は同調圧力が強く、世論が沸騰すると、過去と同じ間違いを繰り返し「いつか来た道」に踏み出さないかと心配するからです。また、われわれが戴いている指導層は、アメリカの言いなりになって、流行を追うしか能のない者が多いからです。彼らは、「日本の統治の伝統的思想」がわかっていません。

事実、政財官の指導者たちは、DIMEと言われる外交・情報・軍事・経済など統治に必要な学問を学んでいません。また、マネジメントサイクルを回す「学習する組織」が、日本中探しても、どこにも見当たりません。こんな状態での憲法改正は、民主主義国だけに、非常に危険なリスクを抱え込むことになるでしょう。ゼニを追っかけまわす卑しい精神を前提にした社会を反省し、価値観を前提にした外交を展開することです。国民は、凛とした指導者を期待しています。

憲法改正自体はやり遂げるべき課題ですが、プロセスが肝要ということです。国民世論の熟成が、まず必要ということです。八紘一宇・教育勅語といった言葉を出した途端、「右翼」のレッテルを貼るような社会では憲法改正は無理だし、アメリカ追随への反省がなされないような社会では、日本国憲法のくびきを外すことは危険だと思うのです。戦後75年間で蔓延した「お花畑的政治風土」を、「リアリズム的政治風土」に、まずもって転換する必要があると考えています。それには、国際環境の激変、日本社会の激変を待つしかないのかもしれません。最近の米中対立やコロナ禍でそれが近づいてきているようにも思えます。

もし、アメリカが本気で日本国憲法を変えてほしいと思うなら、アメリカ公文書館にある機密文書を公開すべきです。戦前に、アメリカは、いかに、日本を仮想敵国として追い詰め、パールハーバーに至らしめたか、占領時に、日本を二度と歯向かうことがないように、いかに、狡猾な手段を使ってきたか、などを日本国民に知らしめないと、憲法改正の動きに繋がらない、ということを思い知ればいいのです。米中対立のさなかにあって、日本は米側陣営に入らざるを得ませんが、「前のめり」になってはいけません。アメリカと歩調を合わせ、後追いすればいいのです。アメリカの戦略の一つに「バック・パッシング」というのがあります。面倒なことを同盟国に背負わせるという方法です。そういうことに警戒しながら外交を進めるべきです。国連が、いかにデタラメかが最近明確になりましたが、それを主導してきたアメリカも、戦前から腐っていたことを、日本人は、はっきり認識すべきです。

日本のこれから(7)

政治200712

青沼陽一郎氏が「食の安全」に関して、今までこの分野を取り仕切っていたアメリカが、自国の産業振興のために、得手勝手なルールを世界各国に押し付けてきたこと、最近、中国がEUと歩調を合わせ、その覇権に異議を唱え挑戦してきていること、をレポートしています。記事をご紹介します。

引用:

「米国食肉輸出連合会(USMEF)」は、アメリカ産の牛・豚肉輸出のインテリジェンスで、アメリカ国内の個人の食肉生産者、飼料穀物生産者から、「カーギル」などの穀物メジャー、加工業者、流通業者、それに農業団体など、あらゆる立場の関係者からの出資と、政府の資金が供出された半官半民の組織として1976年に設立された。アメリカの食肉戦略の要だ。USMEFの総会では、現状を分析・報告され、世界のどの地域のどこの国で輸出が伸びなかった、その理由はどこにあるのか、どうすればよいのか、が検討され、翌年の活動方針を立てる。かつて、ここがTPPの推進役となり、日本に「構造改革」を迫る先兵となっていた。  (中略)

食の安全のグローバル化、標準化にも中国が影響してきている例として「ラクトパミン」が挙げられる。ラクトパミンとは、興奮剤・成長促進剤としての作用がある化学物質。主に赤身肉を多くさせる目的で、アメリカでは豚の肥育最終段階で使用される。日本人の多くは知らないかもしれないが、アメリカやカナダから輸入される豚肉には、この薬剤が使用されている。一方で、日本国内で生産される豚肉には使用が認められていない。

この安全性について、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が共同で組織し、食品の国際規格を設定するコーデックス委員会は2012年7月に動物組織に使用する場合の最大残留基準値を設定している。つまり、豚肉や牛肉における安全とされる残留基準値だ。だが、この基準値はアメリカの提案による参加国の票決によって決まったもので、しかもその内訳が、賛成69票、反対67票という僅差によるものだった。これに猛反発しているのがEUだ。

決定の翌日、EUはさっそく声明を発表し「データが十分でなくヒトへの健康影響が除外できない」として、使用肉の輸入すら断固拒否した。これとまったく同じ立場をとったのがロシアと中国だった。もともと中国では、豚肉の脂身を減らし、赤身肉を増やす「痩肉精」という添加物が使われていた。ところが、中国各地でこの肉による中毒事件が発生したため、全土での使用が禁止された。そんな過去のトラウマから、中国には肉赤身化剤を一掃したい事情があった。少しでも認めようものなら、国内でまた模造品が出回ってとんでもないことになるからだ。だが、アメリカはそうは受け取らない。「動物防疫上の理由から貿易を阻害している国」彼らは中国をそう表現していた。しかも、「中国はEUのやり方をまねている」という意見がパネラーから飛び出すほど、アメリカにとってみればEUと中国が歩調をそろえたように映った。いや、その時点でEUを超える存在に見えた。だから、アメリカ食肉業界を代表する彼らは、こう言っていた。「これからは、中国が食の安全のルールを決めていく」中国の“毒食”を指摘してきた日本からすれば、とても信じがたいことかもしれない。しかし、世界的に見れば、中国は食の安全に厳格さを求めるようになって、食料貿易にも大きな影響を与える国として台頭していた。今年6月、中国は、アメリカ、カナダ、ブラジルから輸入される大豆に、新型コロナウイルスに汚染されていないとする安全証明書を求めている。今では、日本国内でも、中国の“毒食”を指摘する声も聞こえてこない。中国が世界の食の安全を牛耳る。厳格化させる。そうなると、日本が中国に食料を依存するようになって以来、ずっと“毒食”問題を叫んできたことが、中国を教育して改めさせた国として誇らしいが、今ではその中国の言いなりにさせられるところにまで世界情勢は変化している。(引用終わり)

「食の安全」の分野は、日本の平成30年間の「腰抜け外交」が、如実に表れた事案でしょう。グローバル化を錦の御旗に掲げ、思考停止してきた日本人も、「コロナ危機」を経験し、これから食糧や農業、エネルギーや医薬品など、生存基礎資材の重要性に目覚める必要があります。さらに言うと、経済学でいうところの「社会的共通資本=各種インフラ」は、市場に任せるべきではないのです。

日本のこれから(6)

政治200711

日本のこれからを考える際に重要となるファクターが人口動向です。少子化は、日本では1990年の「1.57ショック」から30年間続く問題ですが、この古い問題が最近、新たな展開を見せています。それは、中国・韓国・日本を含めた東アジアを中心に、想定をはるかに超えるスピードで進んでいる、という事実に由来します。

これだけ少子化が加速すると、国の将来についても、危惧される事態になっています。

どこがこの深刻な事態から、いち早く脱出できるかが、これからの明暗を分ける、と言っても過言ではないでしょう。この少子化の嵐からいち早く脱出できた国が、住みやすい国を作ったということでアジアのイニシアティブを握ることになるでしょう。

大事なことは、若い人が子供を産み育てるという気持ちになることですが、そういう外部環境を早く構築することです。

安全・安心な社会、豊かで希望の持てる社会、ということに尽きるのではないでしょうか。

韓国の合計特殊出生率は、今年1〜3月0.90人でした。2018年に0.98と人類史上初めて1を割り込んで話題になりましたが、その後も低下し続けています。昨年11月から毎月連続して死亡者数が出生数を上回り、人口が減り続けています。今年は、ついに総人口が減少に転じ、韓国の歴史に刻まれる年になります。韓国は、「ヘル朝鮮」と言われるほどに、若者が生きずらい社会になっている、ということです。その結果の、近年の急速な少子化なのです。

現在、韓国では雇用環境が悪化し、若年層の失業率は10.7%(6月現在)に達しています。国内ではまともな就職口がないので、若者は仕事を求めて日本に大挙してやって来ています。これは、人手不足に悩む日本にとってはメリットだという人もいますが、とんでもない。彼らがどんな歴史教育を受けてきたのか、を考えると、とても歓迎する気にはなれません。基幹要員になりうる人物かどうか、よく吟味する必要があるでしょう。採用は、経営者のセンスが問われる分野です。

中国の合計特殊出生率は、公式発表では1995年から20年以上1.6台で安定していることになっていますが、米ウィスコンシン大学イー・フーシエン教授は、2010年から2018年までの平均が1.18だったと試算しています。1979年から2015年までの「一人っ子政策」の影響で、生産年齢人口は2014年をピークに減少に転じています。あと数年で中国の人口は減少に転じるでしょう。それに伴い中国の潜在成長率は年々低下し、想定を超える少子化でもう2%前後という説もあります。

中国が低成長になると、中国の政治体制が、必ず動揺してきます。政権の正統性が厳しく問われるようになるからです。香港ではなく、中国そのものが今後、相当の政治的混乱が発生するものと考えられます。エマニュエル・トッドは、そうした状況を見越して、中国が世界覇権を握ることはあり得ない、と喝破しています。日本としても、中国共産党統治を終わらせ、中国を正常化することが、長い目で見て我が国の国益であるという観点を持つことが重要です。英・仏・豪・加と歩調を合わせ、アメリカの対中包囲網に協力し、ドイツ・ロシアへの働きかけを強めるべきです。

日本でも、2019年の合計特殊出生率は1.36となり(2020年6月公表)、前の年1.42を0.06ポイント下回りました。こうした事態に対する日本人の危機意識が、極めて薄いことが気になります。まともな社会ならば、若者は結婚し子供を産むだろうと思うからです。どこかで、まともではない要素が蔓延しているのではないでしょうか。「新自由主義経済思想」や「株主資本主義」といった要素を主に言及してきましたが、それ以外にも、近年、日本に蔓延している「病理」があるのかもしれません。「オッサン社会」を分析する社会学的視点、日米・日中外交に焦点を当てた政治学的視点、さらに、文化論的視点なども参酌しながら、同時代史を考え、未来を考察していきたいと思います。

日本のこれから(5)

政治200710

前回、国家資本主義には触れませんでしたが、これは中国の経済制度と考えてよいでしょう。WTOは、こんなアンフェアな国を指導できていません。そもそもの過ちは中国を加入させたことです。それを主導したのがアメリカです。国営企業に対する補助金や進出企業から技術を強引に奪取することなど、その悪辣な手法について問題になっていますが、解決の目途すら立っていません。経済発展すれば、民主化すると期待したパンダハガーたちの不見識は、もう何度も指摘してきましたが、彼らに、しっかりと「中国の本性」について納得させられなかった日本人も情けない。なにせ、われわれは2000年のつきあいがあるのである。彼我の力関係を考えれば、やむを得ないという人もいるが、そこまでの腰抜け世代を作ったのは、「自虐史観=国連史観」ゆえではないのか、と思ってしまいます。

最近の米中対立について、マスコミは困ったものだ、といったトーンで報道し、政財界の主流派もそれに同調していますが、全く揃いも揃って危機意識が欠如していると言わざるを得ません。むしろ、今が正常で、今までが間違っていたのです。本来ならば中国はカントリーリスクが高く、とても投資できるような国ではありません。ウソとハッタリの国であることは、戦前と何ら変わっていません。われわれは、特に、戦間期の歴史だけでも、しっかりと勉強するべきでしょう。

現にアメリカは、ポンぺイオ国務長官が「中国が豊かになれば自由を尊重するようになるとの歴代米政権のアプローチは失敗だった」と総括し、中国が共産主義に基づく覇権を狙っているとして、各国に対中国政策の見直しを要求している。真に得手勝手な主張ですが、言えることは、これから確実に「デカップリング」に進む、ということです。その準備を始めないといけないのに、未だに更なる投資を考えている企業があることに驚いてしまいます。中国は一党独裁国家で、軍隊は党を守るという異様な国です。そんな国と、うまくやっていけるはずがありません。それだけ自分の頭で考えられる経営者が少ないということでしょう。本当に日本は堕落してしまいました。

ちなみに、小中華と言われる韓国も、反日が政治カードになり、歴代大統領が悉く悲劇に見舞われる国です。文在寅政権の度重なる反日行動は度を越えています。ここからも撤退すべきではないでしょうか。世界にはもっと他に安全な投資先はあるはずです。また親日国も数多く存在します。そういう国に、投資して雇用を作り、応援すべきではないでしょうか。

考えてみれば、日本は、戦前と同じ失敗を繰り返しています。「中国の本性」についてまともな日本人はわかっていたのですが、それがわからない欧米人に説得ができなかった。また、彼ら欧米人の得手勝手で強欲の論理が、日本人には読めていなかった、ということでしょう。これに対抗するだけの枠組みが、われわれには準備できていなかった。国連などという戦勝国連合に過度の期待を寄せ、お花畑的思考しかできない指導者を、「戦後民主教育」は、量産してしまいました。WHOもWTOも、今や機能停止しています。

何事によらず、デファクト・スタンダードが採れない日本の悲しさです。戦前は、そういう事情の中で、「大東亜共栄圏」を構想しました。大きな市場を確保しておかないと、社会の土台となるシステムの主導権が採れないのです。GAFAの隆盛が、それを物語っています。

ヨーロッパは、戦後、アメリカに対抗するために、「EU」を発足させました。必ずしもうまくいっているとは言えないようですが、少なくともドイツは、市場確保と為替レートの二面では、そのメリットを享受しています。1980年代に、そういう構想のできる日本人がいなかったか、いても活用されなかったということでしょう。日米貿易摩擦が激化してきたときに、将来図を描くべきでした。

1970年代の石油危機以降、イギリスやアメリカは、「スタグフレーション」に苦しみました。コストプッシュインフレに陥り、しかも企業業績は落ち込み、雇用調整が必要なほどの不況になったのです。その処方箋として経済学者が提案したのが、その後自由世界を席巻した「新自由主義経済学」です。もう半世紀の歴史を経て、ピゲティに完全否定されていますが、日本の惨状を見ても、誰もが納得する結論ではないでしょうか。そうした視点が、日本の主流にならないということが、私には不思議でなりません。日本という国は、大人が学習しない国だとつくづく思います。

さらに言うと、イギリスがEUから離脱し、アメリカがトランプという大統領を選び、中国とデカップリングを模索し始めているにもかかわらず、日本の指導層が、いつまでもたっても過去の「失敗」に気づきもせず、「変身」しようとしないところが問題です。なぜ、ここまでお粗末なのか。今回の「コロナ危機」が、「変身」への契機となり、時代の変節点になるのなら、それはそれで是とできるのかもしれません。ここまでの「犠牲」を伴うことは悲しいことではありますが・・・。

日本のこれから(4)

政治200709

それでは一体、真正保守は、どこにいるのでしょうか。私が望みを託しているのは、自民党の「日本の未来を考える会」の面々です。安藤裕会長や城内実議員らのグループです。今は、あまり影響力を持っていませんが、今回の「コロナ危機」で、消費税を廃止し、100兆円規模の補正予算を組むことを提案しています。彼らは、現状を理解し政治の課題を正しく把握しています。また、MMTなどの経済の勉強もしています。今回の「コロナ危機」は1929年の「大恐慌」と同じ位置づけになるほどの「時代の変節点」になるのではないか、と考えています。

そして、これからの時代の主流になるのが公益資本主義です。株主資本主義でも国家資本主義でもない第三の概念、それが公益資本主義です。株主資本主義は、「会社は株主のものであり経営は企業価値・株主利益の最大化を目的とするべきである」とする考え方に対し、公益資本主義は「株主の利益のみを優先するのではなく顧客・取引先・地域社会などの利害関係者(ステークホルダー)全般への貢献を重視するべきである」という考え方です。

実は、この考え方は、日本では昔からよく知られた概念です。日本企業は17世紀から19世紀にわたる江戸、明治時代より、複数のステークホルダーと関わることの大切さを理解し、社会のために活動してきました。この考え方は、多くの地元商品を日本全国で行商した近江商人から始まりました。近江商人は各地で購入した特産品を、地元近江国へ持ち帰って売るようになり、後には行商先で商売を展開するようになりました。近江商人の事業拡大の基本は、売り手、買い手、社会の三方を満足させる「三方よし」という経営理念です。

さまざまな地域や文化を渡り歩く商人の商売繁盛の秘訣は、買い手との信頼関係を築くことでした。地域の買い手から歓迎されて初めて、売り手はその地域にまた訪れることができました。そのような地域社会が、利益を商売に再投資をすることで、その地域の発展につながりました。この「三方よし」の考え方は、売り手の利益だけでなく、買い手の満足や社会への貢献をも重視していました。商人にとって、商売繁盛を維持するために、その市場の長期にわたる持続可能性を重視することは不可欠でした。

1970年代まで、日本企業は、数百年もの長きにわたり「三方よし」という経営理念を保持し続けてきましたが、1980年代以降、「日米貿易摩擦」の影響で、欧米流の「株主資本主義」が世界標準ということにされてしまいました。その世界標準に合致しないという理由で、日本は「構造改革」を強いられたのです。「株主資本主義」は、国民を分断し、社会の格差を拡大させ、需要を減少させ、デフレ社会に導き、その結果、経済成長から見放されてしまった、というのが今日の日本の実態です。そこを冷静に見抜くことからスタートしなければなりません。

そして「コロナ危機」という衝撃に直面し、振り子は戻ろうとしています。「三方よし」という考え方になじみのある日本は、これから、世界を主導できる立場にあると思うのです。ただし、過去を踏襲するだけではダメです。それは、私たちが生きている21世紀は、テクノロジーの進化により、社会の課題が世界規模でつながり、これまでに経験したことのない速度で進展する新たな産業革命の時代だからです。企業自体が、時代に合わせた変化をしなければならない。もはや大切なことは繁栄ではなく、生き残り、それも健全に生き残ることとなりました。そのためには、日本には取り組むべき明確な課題が山積しています。まずもって、資本主義の考え方を統一し、経営のあり方を変えていかなければなりません。平成の時代に「改革」してきた社会の仕組みを、元に戻すことから始めるべきです。「三方よし」というDNAを活用できる日本には第四次産業革命時代における「公益資本主義」の見本を示して、世界のリーダーとなり得る資格があるのです。

日本のこれから(3)

政治200708

日本は、これから、どういう国づくりをしていけばいいのでしょうか。

米中が、世界覇権をめぐって、つばぜり合いをしている今日、どういう立ち位置を取り、何を根拠に、己を律していくのか、とても大事になっていると思うのです。

世界シェアで言うと、日本は、人口では2%弱、GDPでは6%弱、の国です。決して大国ではない。しかも、総中流社会は崩壊し、様々なところで、課題が山積しています。平成の30年間の失敗が、影を落としています。残念ながら、己の限界を知り、無理をせず、もう「自然体」で行くしかないように思います。日本の若者は「自己肯定感が低い」とされていますが、大人が民族の誇りを失い自尊心をかなぐり捨てた影響ではないでしょうか。社会は集団戦です。結局、日本では戦略を描ける人材を活用できなかった、ということに他なりません。その程度の国家であった、と諦めるしかありません。

 

それでは「自然体」とはどういうことか。それは、力の及ぶ範囲で、世界に良い影響力を発揮する、ということです。日本の持つ世界一流の文化力は、世界平和に貢献できるはずです。

今回のコロナ禍や毎年のように発生する水害といったいろいろな問題が噴出してきたときに、人々が自由に思うところを発言し、普通の庶民が、心が洗われるような善行をするではありませんか。

とても素晴らしい国民性を示します。「いい国だなあ」と、私なんか素直に感心してしまいます。

中国や韓国の若者も、内心はそう思っているのではないでしょうか。

最近は、為政者のお粗末さばかりが目立ちますが、それでも処々で、見識の高い人がしっかり発信している。それは、見えない形で浸透している「伝統や文化」が豊かな精神文化を育んできたからではないでしょうか。「おかげさまで おたがいさま いただきます」の文化と、私は呼んでいます。

 

具体的には、日本の伝統的な統治のあり方や文学を通じて示される人のあり方に影響されているのではないか、と推察しています。それは、古典と言われる書物の中に、伺い知ることが出来る。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。」

アメリカにも中国にも、この平家物語の名文を、正確に翻訳して、届けたいように思います。 

両国とも、他民族の自尊心を無視・軽視し、力に任せて、驕り高ぶることばかりをしてきた国家です。今世紀中盤には、両国とも、混乱し衰退することを、われわれは想定しておかなければなりません。

 

一方で、日本も偉そうなことは言えない状況です。戦後日本は、「戦後民主教育」というボタンのかけ違いによって、保守が、保守としては機能せず、リベラル国家アメリカのしもべに、なり果てました。

日本という国の「国柄」を忘れ、「戦うこと」を放棄し、「新自由主義的政策」を次々と導入してしまいました。その結果の、この「体たらく」ではありませんか。しかも未だ「ゆでガエル状態」です。

ちょうど李氏朝鮮が建国当初から明に朝貢し、朝鮮という名前も明からいただいたのと似ています。戦後日本は、憲法も安保体制も、さらに歴史観さえも、アメリカからいただいて、スタートしたのです。根本を変える努力がなければ、李氏朝鮮のように、惨めな将来が待ち受けているのは、当然ではないでしょうか。

 

もう失敗した世代は引退し、新しい世代へ任せることです。失敗した枠組み=グローバリズム(市場原理主義)に固執する老人たちを排除することこそが、われわれ有権者の任務でしょう。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例はなし」(方丈記)なのです。

変化していく無常観に言及しながらも、行く河そのものは、何一つ変わらない、ということです。

「流行」と「不易」をしっかりと見定めることのできる真正保守の台頭を、期待することにいたしましょう。

日本のこれから(2)

政治200707

米中対立は、もう修復困難なところまで進んできた。こうした環境変化は、良い方向と捉えるべきです。繰り返しますが、ピルズベリー以降、アメリカは「中国の本性」にやっと気づいたのですから。「中国の本性」は、戦前から、何も変わっていないではありませんか。

ところが、日本のマスコミは、そうした視点からの報道は、皆無に近い。どうして、こうも基本認識に齟齬が生じてしまうのか。

これは、なぜ、日本だけが、経済成長から取り残され、世界で存在感が薄れてきたのか、という視点からの報道がないのと同じ理由によるものではないか、と思う。

既存の権力基盤に、逆らうことになるからである。既存の権力基盤とは、経団連、財務省、自民党主流派、主流派経済学者、新聞各社、などである。

 

ここで、注意を要するのは、グローバリストは、親中派と、同じ穴のムジナである、ということである。ロシア革命を応援したのは、ユダヤ人主体の国際金融資本であったし、彼らの築いたコミンテルンは、革命を輸出するために、アメリカをして、太平洋戦争に参戦させ、終戦後は、中国国民党の支援を打ち切らせ、中国共産党政権樹立に協力させた。

そういう歴史的視点が、既存の権力基盤にある者には、決定的に欠けている。

 

GHQに焚書までされて、東京裁判史観を押し付けられ、日本国憲法と日米安保体制を前提とした「戦後民主教育」の優等生ならば、致し方ないとしか言えないのかもしれない。

しかし、アメリカが、ここまで軌道修正しているのに、なぜ、立ち上がって歴史観の根本的修正を図らないのか。

 

戦後日本という「悔恨共同体」の中で育ち、「戦後民主教育」で極めて狭い範囲の世界観や歴史観しか持ちえなかった、日本のエリートたちの、不見識をあげつらうことは、タブーとなってしまっているのではないか。

風前の灯とはいえ、未だに「無念共同体」にいる人たちがいる。

主流派勢力は、彼らを「右翼」と言って切り捨て、全く聞く耳を持たなかった。

しかし、時代が下り、ここに至って、だんだんと世界情勢が緊迫している現在、二度と悲惨な戦争に至らしめることのないように、虚心坦懐に、歴史を見直す必要があるのではないか。

 

そして、「日本のこれから」を、国民がどんな国にしていきたいのか、を見極めつつ、合意形成していくことが、大きな課題になっているように思う。日本はいま、とても大事な岐路に立っていると思う次第である。

日本のこれから

政治200706

日本では、相変わらず、国債増発に対する抵抗が強く、「国家破綻が近づいている」「孫子にツケを残すな」「ハイパーインフレになる」等の言説が幅を利かせている。そういう立場をとるのは、現役財務省の役人や主流派経済学者、マスコミに登場する経済評論家などであるが、そういう人たちは、この30年で、日本の経済が落ち込んできた理由を、どう説明しているのだろう。誰も、そこを指摘しない。平成の間に、かつての経済大国は、見事に普通の国になってしまったではないか。

世界で唯一、日本経済だけがデフレに陥り、成長から取り残され、世界シェアが18%から6%へと3分の一にもなってしまったことを、主流派経済学は説明できていない。

 

さらに彼らは、プライマリーバランスという面妖な概念を持ち出し、その黒字化を政策目標に入れてしまった。コロナ禍対策で、思い切った粗利補償が打ち出せないのもそういった言説の影響があるのだろう。こんなことでは日本はますます疲弊して、さらに景気が落ち込むことになるのではないか。

地域で商売をしている人たちの悲鳴が聞こえてくる。借金があり、止めるに止められないとか、もう事業意欲が失せた、といったかなり深刻な話が多い。

 

下村治は、1970年代に入ると、低成長時代を迎えると予測し、「これまで民間主導の経済であったものが、これからは政府主導、財政主導の経済に変わらざるをえない。」と、正確に予測していた。下村の診断では、1960年代のように、旺盛な民間設備投資が主導して経済が活性化し、購買力も増大するという形の成長は望めなくなる。生産能力に見合うだけの国内需要が生まれなくなり、需要不足による不況か、輸出超過となるであろうと予測し、成熟した低成長経済では、積極的な財政政策による政府主導の経済にならざるをえない、と処方箋を書いていたのである。

にもかかわらず、スタグフレーション(不況にもかかわらず物価だけ上昇する現象)に襲われたイギリスやアメリカでは、新自由主義経済思想が蔓延し、市場原理主義政策が採られた。

国際金融資本とか世界的大企業が、ロビー活動を活発化させ、政治を乗っ取り、新自由主義経済学を旗印に、自分たちの資本の増殖を図るために、日本を叩き、中国を成長させた。

いま、その中国に裏切られ、慌てふためいているのが、アメリカである。

「中国の本性」なるものは、1500年の付き合いのある日本は、ずっと昔に理解しており、それに関する書籍も、古典の範疇に入るモノから、戦間期に内外の関係者によって書かれたモノ、歴史に重点が置かれた本や、現状を分析したいわゆる「嫌中・嫌韓本」まで、実に多くが出版されている。

 

下村が、積極的な財政政策による政府主導の経済を提唱したにもかかわらず、中曽根以降の内閣は、これに逆行した政策を推し進めてきた。属国化した、と言われる所以である。

需要が不足しているにもかかわらず、規制緩和によって供給を増やし、過剰競争社会にしてしまった。落ち込んだ企業の採算確保のために、労働市場の規制緩和をして、非正規労働者を増やし、家計所得を減少させ、これまた国内需要を減らした。さらに、消費税導入で、ますます需要を減らしている。

こんな日本経済を傷つける政策ばかりを、この30年以上にもわたって展開しているのだから、おかしくなるのは当たり前ではないのか。少子化・経済格差・地方疲弊は深刻である。

 

何も難しいことを言っているのではない。

外交では、アメリカがやっと自分たちの過ち、中国の本性に気づいてくれた。これからはヨーロッパを巻き込んで、危険国家・中国に対峙すればよい、だけのことである。

内政では、「民のかまど」の国に戻ればよい、だけのことである。少なくとも1500年続く日本の統治思想を思い出せ、と言いたいのである。

構造主義の政治学

政治200704

大正デモクラシーと言われるように、戦前のモダニズムの時代は、豊かなアメリカへのあこがれから、アメリカ追従外交を繰り広げていた。第一次世界大戦後の好況に支えられ、幣原外交が展開され、軍縮などが進んだ。しかし、一方のアメリカは、長期的に日本を抑え込むオレンジ計画を策定していた。戦後は、日米貿易摩擦からプラザ合意、日米構造協議と続くのであるが、これは「戦後版オレンジ計画」に他ならない。しかし、これを指摘する識者は、マスコミにはほとんど登場しなかった。

『日本は悪くない。悪いのはアメリカだ』を書いた下村治など、極めて少数派である。こうした事実は、戦後日本が、いかに「お花畑」になっていたかを示すものであろう。

 

同時代を生きてきて、私が感じるのは、文系学部を卒業した人たちの知識不足である。学習意欲の欠如である。法学部・経済学部を卒業しているにもかかわらず、「学問」から自分の視点を確立しようとする人は、極めて少数である。一身独立し、然る後に、一国独立するにもかかわらず、である。

そんななか、中西輝政氏は、独自の視点を確立しようとしていた数少ない政治学者である。最近も、

「中国の本性」という言葉を使って、構造(Being)を踏まえつつ、最近の政治動向(Doing)を論じている。かなり抑制された表現であるが、日本人に覚悟を求め、真髄に迫ろうとしている。

引用してご紹介する。 

引用:

人類共通の危機であるコロナ対応に全世界が奔走している最中、その混乱を利用するかのように中国が「暴走」を続けている。猛反発を受けるとわかっていて、どうして中国はそんなことをしてしまうのか。それを理解するためには「中国の本性」から生み出される行動原理を知る必要があります。

では、その「本性」とはどのようなものなのか。

まず第一に、世界を「文明や国力を背景にした上下関係」で見ていることです。歴史的に、中国は自国をアジアの「盟主」、周辺諸国を属国つまり「家来の国」として下位に位置づけるよう振る舞ってきました。近代の国際法的な「国家主権対等の原則」よりも、力による上下関係が重視しています。結局、力は正義である、という国柄です。近年の南シナ海での中国の振る舞いは、その顕著な例のように思われます。2013年ごろから人工島を建造し軍事基地化を進め、今年4月には領有権を争う島々を勝手に行政区として制定し、既成事実を重ねています。

日本近海も対岸の火事ではありません。コロナ禍が広がりを見せた今年2月以降、尖閣諸島周辺に中国の公船が去年を大きく上回るペースで侵入しています。各国がコロナ禍の対策に追われて対外的な対応力が低下し、相対的に中国の方が力関係で上位だとみるや、自身の「国内の延長」と考える場所へと手を伸ばしてくるのです。 

二番目には、広大な国土と人口を誇る中国でも、周囲の国に対し、いつも力関係で上位の立場をとれるとは限りません。その際に現れるのが、徹底した“ご都合主義”ともいうべき「原則外交」です。自身が下位に甘んじなければならない状況下では、それを覆い隠すために儒教、共産主義、民族自決理念、人類共同体論と、都合良く時々の「イデオロギー」を利用する。一見、原則や建前を非常に大切にしているようにみえるのですが、そこに一貫性はありません。本音は「力の論理」で動いていますから、戦略的に「枠組み」を整えているだけ。本質は極めて「現実主義的」なのです。だから、中国にはダブルスタンダードとも思える言動が多い。社会主義体制を維持しながら「改革開放」を唱えて市場経済を導入していることはその代表例でしょう。また、言葉それ自体が「ダブルスタンダード」だともいえる「一国二制度」も一例です。

ところが、これはあくまで自分が力関係で下位に甘んじている間に用いられる、当座の措置に過ぎません。実際、経済力を身に付けた現在の中国は、香港に「国家安全法」を導入して、「一国二制度」という自分たちが持ち出した理念を放り投げようとしているのは、何よりの証拠というべきでしょう。まさに中国の徹底した便宜主義という「本性」を示す好例です。

そして3つ目の特徴が、中国が実は、本来とても「内向きの国」であることです。中国という国を地球儀で見てみると、どれほど広大な領土であるか、改めてわかります。中央アジアの砂漠地帯も、東南アジアの海洋文明も、北方アジアの狩猟民族も混ざり合っている。本来、全く生活形態が違う人々が国家に類する社会集団を形作る、巨大な多民族・多文明国家なのです。しかし、その国家はこれだけ多様な人々を、あれだけ広大な領土の中でまとめなければならない。だから、中国の対外行動の大部分は、国内秩序の安定という至上命題に、大きく規定されている。いいかえれば、本質的に非常に内向きの国なのです。

長年言われている農村と都市の格差問題や、一説には何千兆円規模とも言われる不良債権問題も抱えている。相当な勢いで成長してきただけに、この数年で明らかになってきた中国の経済成長の鈍化が、市場と社会全体に及ぼすインパクトも甚大です。そこに、コロナ・ショックで需要も供給もストップし、大量の失業者が溢れ出しています。そんな行き詰まった国内問題のために、国民の目を国外に向けさせたい。解決困難な国内問題に対する回答として、外交が利用され対外強硬策に出ている。また他方では、自国のコロナ禍も完全に収まっていないのに、外国にマスクや医療品を配って協調姿勢を見せる。かと思うと、日本など周辺地域には軍事的圧力も強めるような事態が生まれるのです。これらは、結局、国内要因によるところが大きいと思われます。 

このように「本性」を露わにした中国に対して、我々はどのように対応していけば良いのか。たとえば、いま直面している新型コロナウイルス対策では、人類共通の問題ですから、中国とも協力していくしかありません。しかし、事が自由や民主主義、人権といった普遍的価値にかかわる問題のときには、断固とした立場を貫かねばなりません。隣国だからこそ、中国の特殊な価値観を尊重した友好関係ではなく、軋轢を恐れずに日本の立場を主張し、つねに対等な関係を確保しておかなければならない。とくに重要なことは、この2020年についに「一線」を越えつつある米中の対立においては、はっきりと日本は「アメリカの同盟国」としての立場を明示しつつ、可能ならば米中両国の意思疎通のパイプ役としての役割を果たすべきでしょう。

この日本の立場を明確に中国側にも示した上で、米中間の危機的な状況をいかに回避するかが、日本外交に与えられた役割なのです。世界の中国を見る視点が大きく変化している中で、世界は日本の振る舞いに注目しています。日本という国が、いわば世界に「模範」を示すような役割が求められているのです。世界が悩んでいるからこそ、注目が集まっているのです。

問題は日本人の決意如何なのです。世界経済への影響力を背景にして、中国がコロナ禍に一体どんな対応をしたか、そして今、香港に対してどんなに酷い振る舞いをしているか、我々日本人はよく知っています。2020年という歴史の節目の中で、一方では日本は、中国との接点を維持しつつ、しかし世界有数の民主主義国家として、一線を越え出した中国の強硬外交を抑止する包囲網の一翼を担い、世界にその「気骨」を見せるときです。日本の政治家や経営者あるいは日本の国民も、中国にどのように対応していくべきなのか。いま覚悟が問われているのです。(引用おわり)

構造主義の立場をとる政治学である、と思う。なお、もっと直截に言うと、「日本人よ、目先の利益を離れ、中国共産党打倒へ向けて、世界で音頭を取れ」と読むこともできる。

まず、アメリカの親中派に同調してきた日本の親中勢力を、排除していかなければならない。

日本の親中勢力とは、グローバリストと同義であり、経団連と財務省、それと自民党二階幹事長の一派などである。

昔からコミンテルンなどの共産勢力は、常にグローバリストの仲間であったことを忘れてはならない。ABC「Anywhere But China」戦略で、日米欧の、中国からの資本引揚げが始まることを期待する。

佐々木実氏の文章から

政治200701

『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)の著者 佐々木実氏が「宇沢弘文と中村哲が共有するもの」と題して書いている文章を引用して紹介します。コロナ後の日本社会の「道しるべ」になるだろうと思うからです。 

引用:

宇沢弘文(19282014)の評伝『資本主義と闘った男』が、第6回城山三郎賞を受賞したことに不思議な縁を感じました。というのは、第1回受賞者が中村哲氏だったからです。受賞作『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』(NHK出版)は、医師である中村氏がアフガニスタンでの30年の復興支援活動を振り返った自伝です。医療活動でアフガニスタンを支援していた中村氏が、なぜ医療活動を中断し、井戸を掘ったり、農業用の用水路を拓くようになったのか。その歩みが綴られています。この本を最初に読んだとき、驚きを覚えました。宇沢が唱えた「社会的共通資本(Social Common Capital)」とあまりに通じ合うものがあったからです。

中村医師は、自分の活動をこう説明しています。「食糧生産があがらないから、栄養失調になる。水が汚いから、下痢なんかで簡単に子供が死んでいく。いまは100人の医師を連れてくるより、農業用水路を一本つくる方が価値が高い。白衣を脱ぐ決意をし、用水路の建設を始めた。」アフガニスタンで、まさに社会的共通資本を構築していた、ということです。根本は旱魃被害でした。再び人々が暮らせるようになるには、医療よりも農業という社会的共通資本の再建が重要だと判断し、中村さんは医師から建築作業者へと変身したわけです。

「社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」と定義したうえで、宇沢は社会的共通資本の3つの要素を挙げています。自然環境(大気、森林、河川、土壌など)、社会的インフラ(道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど)、制度資本(医療、教育、司法、金融など)です。農業は、いずれの要素にも関わる社会的共通資本です。

市場原理主義者は、市場の原理だけでは説明がつかない社会的共通資本の存在を軽視し、あたかも自由な市場競争さえあれば効率的な社会が実現するかのように語ります。ところが、充分な社会的共通資本が供給されていなければ、人間が生活する社会は不安定化し、社会そのものが存続の危機にさらされることすらある。「先進国」であっても、社会的共通資本の重要性をはっきり認識できる局面があります。「危機」に見舞われたとき、われわれは社会的共通資本が死活的に重要であることを認識せざるをえなくなる。新型コロナウィルスが招いた今の危機がまさにそうです。

しかし一方で、社会的共通資本の管理を国家が一手に引き受ければ、今度は国家権力の肥大化という問題を招く危険がある。コロナ危機で、経済への国家介入が大規模に行われようとしているいま、それは非常に重要なポイントです。宇沢は次のように強調しています。

「社会的共通資本の管理について、一つ重要な点にふれておく必要がある。社会的共通資本は、それぞれの分野における職業的専門家によって専門的知見に基づき職業的規律に従って管理、運営されるものであるということである。社会的共通資本の管理、運営は決して、政府によって規定された基準、あるいは市場的基準に従って行われるものではない。この原則は、社会的共通資本の問題を考えるとき、基本的重要性をもつ。社会的共通資本の管理、運営は、フィデュシアリー(fiduciary)の原則=受託者の忠実義務に基づいて、信託されているからである」 (引用終わり)

日本は、市場原理主義が時代の流れとばかりに、アメリカに追従してきたのですが、アメリカ自身がこれに耐えられず、トランプ大統領を生み、これによりさらに分断が進んでいます。また一方の大国の中国は、国家資本主義を維持し、ますます強権化して、デジタル化の進展とともに、危険国家になっています。そして、この両国は、もう修復不可能な覇権戦争を展開しています。日本は、ここで大戦略を間違ってはなりません。内政では、かつての混合経済に戻すことです。平成時代の改革は、根本思想が間違っており、すべて失敗ですから、ご破算にする必要があります。外交ではまず中国共産党を打倒すること、そして次に、ドル基軸体制を終焉に導き、もうアメリカに、勝手放題をさせないことです。日本にそうした「企てのできるリーダー」が出てきてほしいものです。

コロナ禍から学んだこと

政治200607

パンデミックとは、国境を超えた感染症の拡大です。国境を越えてヒトや物の移動が盛んになればなるほど、発生のリスクは高まるのは当然だ。今回のコロナ禍は、グローバル化の負の側面を露呈した。しかも、各国が採った防止対策は、人の移動を制限し、医療器材を確保し、医療崩壊を防ぐというもの。例えばWHOのパンデミック宣言が遅れたのは、中国の医療器材の確保のための時間稼ぎと疑われている。春慶で世界各国にウィルスをまき散らすことを防ぎもせず、自分たちだけは強権を使いいち早く収束させ、その後の「マスク外交」を企んでいたのではないかと疑われている。とにかく「戦狼外交」をする国である。オーストラリアに続いて、日本も狙われている・・・。こういう国が覇権を狙っている・・・。警戒すべきなのは当たり前ではないのか。

国民の命を守るために、主権国家が、強権を発動して、国民に移動の自由や営業の自由を制限することは、正当な活動とされている。それに対しての批判は、ほとんど聞かれない。日本の場合には、「要請ベース」ですべて事足りるが、諸外国は、そうはいかないのだろう。逆に言うと、日本は、それだけ特殊である、ともいえる。それだけに、そういう風土を守るためにも、政府は、生活保障や粗利補償を、しっかりとやる必要がある。いま求められているのは迅速な対応だが、いかにも遅い。政治家や官僚は、資金繰りに追われたことなど、一度もないのであろう。「切実感」にかけている。

この「切実感」とか「現場感覚」といったものは、私の経験では、とても大切なものだ。頭だけで理解しても、なかなか腑に落ちないことは、長く持続しないからだ。主流派経済学者が唱えてきた理論経済学も、私の実感からすると、ずれているように感じてきたが、今になってみると、やっぱりと思える事態になっている。主権国家は、このコロナ禍に際して、強権を発動したが、よく考えると、すべての国で、グローバル化の理念を、あっさりとかなぐり捨てている。ここ数十年にわたって、日本人の多くが、「時代の流れ」とばかりに、グローバル化と市場原理主義を、無批判に受け入れてきた。そして、株主資本主義化して、墓穴を掘ってきたというのが、最近の日本である。これからは、グローバル化を見直し、ナショナリズムへ回帰しようとする動きが生じるのは当然である。コロナ後の世界、今後の予想される流れを3つの視点から記述してみたい。

1−市場原理主義(新自由主義)の過ちがはっきりした。

病院経営一つとっても、いま危機的状態だと聞く。これを市場原理に任せるべきか。「否」であろう。財政で支えざるを得ない。今、水道とか農業とか鉄道とか、市場原理にさらされて、存立が怪しくなっている分野が多い。安全保障上、あるいは、国土保全上、しっかりと維持していかなければならないことが明白になった。

世界各国は自国民を守るために、マスク、消毒液、人工呼吸器などの医療物資を奪い合い、輸出を規制する国も現れた。少なくとも医療物資に関して、自由貿易の理念はあっさりと踏みにじられ、どの国も、自国民優先のナショナリズムに走ったことに思いを致すことである。経済にも、安全保障の観点は外せない。これからは、「5つの自立」へ向けて、着実に歩むことである。

2−国家の役割の大切さを再認識した。

防疫面で、国家の役割が、改めて明確になった。とりわけ、EU各国が、域内の自由な人の移動という理念をかなぐり捨てて、厳格な国境管理を導入したことは、象徴的だ。ダニ・ロドリックの「主権国家と民主主義とグローバル化は鼎立しない」は、正しい指摘だった。主権国家と民主主義を維持しておくことが前提ならば、グローバル化は、その範囲を限定して、食糧、エネルギー、医療、インフラの安保を許容する新たな国際ルール作りをするべきではないか。TPPをやり直せと言いたい。

3−デジタル化が遅れていることが実感として分かった。

政府のデジタル化が遅れており、迅速な対応ができなかった。コロナ後は、やはり、デジタル化の便益をもっと活用すべきである、と再認識した。生産性を高める方策は、設備投資である。国内的には、安易に移民に頼ることなく、労働力不足を解消していく覚悟が望まれる。また、安い労働力だけを期待しての安易な海外進出も制限すべきだ。国民性など一朝一夕に変わるものではない。「課題先進国」の日本なのである。一歩一歩地道に取り組めば、その先に明るい未来が待っている。

 

結局のところ、日本の高度成長を支えてきた混合経済体制は、アメリカからアンフェアな制度として「日米構造協議」などで潰された。もともと、日本は「世界で唯一の成功した社会主義国」などと揶揄されもしたが、株主資本主義の欠陥が露わになってきた現在、例えば、「ダボス会議」などでは、持続可能なシステムとして、「ステークホルダー資本主義」が提唱されている。

この「ステークホルダー資本主義」とは、何のことはない、日本型経済制度「混合経済体制」のことであり、日本型経営である「三方好し」の思想である。

考えてみれば、日本は戦前から植民地経営をはじめ、統治の原則をここに置いてきた。台湾でも朝鮮でも満州でも、社会インフラは、社会主義的に運用してきたではないか。住民生活の礎になる公共財は、市場に任せたりはしなかった。「公共の福祉」を尊ぶ日本人の倫理規範とあいまって、日本の黄金時代を創出したのである。それは記紀の時代からの「民のかまど」の統治思想でもある。

今回のコロナ禍で学んだことは、日本の伝統的統治思想を大事にしていかなければならないということである。

危険国家・中国(5)

政治200606

日本も、アメリカとの通商協議で、一方的に妥協し、「構造改革」という痛みを伴う大掛かりな調整に応じたため、平和は保たれたが、一方で、経済の衰退という結果を生んだ。

そういう事情を中国は熟知している。しかも、世界の工場として、サプライチェーンの一環を担うまでになっている。アメリカの制裁はどこかでアメリカ自身へも跳ね返る。だから中国も強気である。

国内では情報統制を強化し民主派に対して容赦なく弾圧している。「国家情報法」など論外だ。

ここへきて、香港に対して、国家安全法制とか国歌条例とかで、締め付けをさらに強化しようとしている。台湾への圧力も、尖閣への挑発も、依然として続き、南シナ海の人工島も行政組織に組み込んだ。それで、アメリカと中国の対立はエスカレートし激化の一途を辿っている。アメリカにとっては、第二次世界大戦後に確立した覇権に対して、堂々と全面的に挑戦されているのである。 

覇権国家があり、それに挑戦する新興国家が現れると、大きな確率で戦争になる。これを「トゥキディデスの罠」と言うが、ハーバード大学ベルファー・センターでは、過去500年にわたる新興国と、その挑戦を受ける覇権国との関係を示す16の事例で12件までが戦争に至った、と分析されている。

戦争にまで至らなかった事例は、15世紀末のスペイン対ポルトガル、20世紀始めのアメリカ対イギリス、冷戦下のアメリカ対ソ連、1990年代以降の、ドイツ対イギリス・フランスという4件だけである。双方が態度と行動の両面において、痛みを伴う大掛かりな調整に応じたためと主張されている。 

今回の米中はどうか。両国とも核大国である。戦争にはならず、情報戦、外交戦、経済戦、代理戦争、が長く続くことになるだろう。そして、両国とも疲弊し、内部崩壊を起こしていくことになるだろう。そういう未来を見据えて、時代の進展を加速するような方策を、日本は選択することである。 

そして、世界が日本を「お手本」としてあがめる時代を切り開くべきである。日本にはそれができる力を持っている。文化力を存分に活用することだ。しかも、経済力もわれわれには過去の遺産がまだ存在する。経済学では「企業の収支+家計の収支+政府の収支+海外との経常収支=0」という公理がある。企業は、460兆円の利益剰余金があり、家計は、1800兆円の金融資産があり、国家の対外純資産は世界一で経常収支は萬年黒字国である。まだ思い切った政策の取れる余地がある。目先の利益に拘泥ばかりしていてはいけない。政治も経済も、スジを通すことである。原点に立ち返り、長期的観点に立つことである。衰退するアメリカがまだ力のあるうちに、アジアの将来図を、一緒になって、描いておくことである。

そうは言っても、もう残念ながら経済大国ではなくなったのも事実である。安倍首相の戦時におけるリーダーシップの欠如を目の当たりにして、また経団連の中西会長の優柔不断の姿勢を見て、確信を持てるようになった。

日本には、目先の利益を追求するしか、能のないリーダーしか育たなかった、ということだ。新しい枠組みを構築できるような人物を、育てることができなかった。日本は、一から出直すぐらいの覚悟が必要だろう。「過去」を検証することである。そして「国家像」を明確にすることである。それへ向けて、「教育」から取り組むことである。もうこれ以上、「いまだけ、ここだけ 自分だけ」の日本人を増やしてはいけない。 

戦後民主教育のなかで蒔かれた毒素は、戦後の「史実」という解毒薬により弱められている。平成をけん引した老人たちより、令和をけん引する若手の方が、歴史観だけは、はるかにまともである。米中のデカップリングがこれから進行し、日本の政財界も、それに合わせて宗旨を変えていかざるを得ないだろう。それに合わせて、日本を失敗に導いたリーダーの交替を、切に望みたい。

21世紀半ばには、アメリカは覇権を失うことになるであろう。中間層が崩壊過程に入っていることでそれがわかる。まだ、勢いがあるうちに、その活用を図ることだ。私は正直に言って、中国が覇権を握るようになるとは思わないが、早く今の政体を崩壊させないと、世界を危険に陥れ、腐敗という害毒を垂れ流す。中国人は、目的のためには、手段を選ばないような国民性である。ウソとハッタリの国だ。現代から常に過去を美化し、今の統治を合法化してきた国だ。未だにそこから脱却できていない。それを見習っているのがお隣の韓国だが、そういうことを世界に周知させることが、1500年これらの国と付き合ってきた日本の世界史的役割である。

危険国家・中国(2)

政治200513

中国は、約束は守らないし、ウソをつく。南シナ海で埋め立てをするとき、彼らは軍事拠点としない、と言っていた。香港返還にあたっては、50年間は高度な自治を約束していた。そうしたことを、悉く反故にしようとしている。こんな国のトップを安倍首相は、「国賓」として招こうとしている。「恥を知れ」と、私は言いたい。経済で依存しているからといって、それが理由で、毅然とした態度が採れないとしたら、それは恥ずべきことだ。支えてきた政・財・官・マスコミの不見識をも、問題視したいと思う。

このままの中国では、必ず、危険国家になる、という危機意識を日本人は共有しなければならない。そう思わせるニュースを、ピックアップしてみよう。

引用:

中国外務省の趙立堅副報道局長は5月11日の定例記者会見で、「日本の漁船が中国の領海内で違法操業していた」と主張し、日本側に抗議したことを明らかにした。趙氏は、中国海警局の船による日本漁船の追尾を認めた上で「操業の停止と、関連する海域からの退去を要求し、日本の海上保安庁による違法な妨害に断固として対処した」と説明。「釣魚島(尖閣諸島)は中国固有の領土であり、日本側に、この問題で新たな事件の発端を生み出さないよう求める」と述べた。また、中国が周辺海域で違法操業の取り締まりを一方的に強める動きには、ベトナム外務省も5月8日に抗議声明を出したが、趙氏は「中国には南シナ海に関する主権と管轄権がある。ベトナム側に口出しする権利はない」と主張した。

英紙フィナンシャル・タイムズは5月24日、「先進7カ国は香港の自由のために立ち向かわなければならない」という表題で、英国統治時代の香港最後の総督クリス・パッテン氏の寄稿を掲載した。このなかで、1997年まで香港の主権を持っていた旧宗主国である英国が、香港での国家分裂行為などを禁じる国家安全法に「率先して抗議すべきだ」と主張した。そして、国家安全法を香港に強要しようとする中国の企てについて「英国は、来月に予定されているG7首脳会議の議題にすることを確実にしなければならない」との考えを示した。「習氏は中国政府と中国共産党当局に、香港の自由民主主義のあらゆる兆候と、その価値観を攻撃するよう指示してきたとし、香港の高度な自治を、47年まで保障した中英共同宣言を、事実上破った」と断罪した。その上で「習政権を信用できない」と強調。「英国には香港のために率先して中国に立ち向かう「政治的かつ道徳的な義務がある」とした。英国と同盟国はG7首脳会議を皮切りに、「あらゆる場所で、開かれた社会の敵である習体制に、断固たる立場をとらなければならない」と訴えた。(引用終わり)

日本国憲法前文に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・・」とあるが本当に諸国民、特に中国人に、公正とか信義とかを期待していいのだろうか。私の結論は「否」だ。日本のお隣には、大中華と小中華があるが、いずれも「事大主義」の国だ。大に事えるとは、強いものになびく、という意味だ。逆に言うと、弱いものを見下す、という意味だ。聖徳太子の時代から、何一つ変わっていないから、先人たちは苦労してきたのではないのか。戦前、アメリカ人は、そんな東アジアの実態を知る人間なんか、ほとんどゼロに等しかったから、あんな憲法を押し付けたのではないのか。

自国の国益追及ばかりで外交をなし、全く「公正」などとは程遠い。しかも、事実を歪曲し、ねつ造して、ウソをプロパガンダする。そこに「信義」などというものは一片もない。中華民族はそういう民族ではないのか。戦前から何一つ変わっていない。そういうことを、欧米がやっと最近分かってきたということだ。これから、天安門事件の後のように、日本は、中国に利用されてはならない。

日本人は日本人で、戦前とは何も変わっていない。相変わらず、情報戦に弱いという民族の弱点を引き継いでいる。しかも、マネジメントもせず、反省もしない。同調圧力が強く、失敗しても、状況が変わっても、臨機応変な対応ができず、追い詰められると、最後は精神主義に陥る。もうそろそろ「平成の失敗」に気づき、軌道修正をしなければならないのではないか。

韓国 許すまじ(3)

政治200510

さて、それではどうすればよいか。われわれの生活を考えてみれば、GAFA+Mにおいしいところを持っていかれ、その土台の上に成り立っている。かつての後進国・中国と比べても、デジタル化は遅れに遅れ、今回の特別給付金10万円の配布についても、醜態をさらしている。誰も、中国のような「超監視国家」にはなりたくはないが、一方で、デジタル化の便益を十分に享受できていないことだけは確かである。

少子化が避けられないとするならば、労働力確保は、移民に頼るのではなく、デジタル化技術を総動員して、省力化して生産性向上に邁進することであろう。大企業は海外投資ばかりに明け暮れ、国内の生産性向上投資には向かわなかった。おかげで、経常収支は、慢性的な黒字国になり、「金持ち国の仲間入り」はできたが、一方で、労働者賃金は抑制され、総需要減から、経済成長が止まり、デフレが定着してしまった。それがまた少子化の要因となり悪循環が続いているのである。そう総括し、優先順位を付けて、積極財政を組み、地道に、戦略的に、国づくりに邁進することだ。

まずもって言いたいことは、大人がもっと勉強することである。人生100年時代、現役を離れても、世のため人のために貢献できないか、考えることである。生きた社会の中で体験してきたことを振り返り、蓄積してきた智慧を伝え、若者にバトンをつなげていくことである。その心掛けが、日本を「学習する組織」にする。このままでは、「サル化」「反知性主義」「劣化したオッサン社会」などと揶揄され、終わってしまう。自戒を持って言うが、デジタル化も、極力ついていけるようにすることである。

そしてなによりも、わが国柄に自信を持つことである。謙虚に、事実に基づいて、現実世界を俯瞰することである。短期的な視点ではなく、悠久の歴史を踏まえて、広く世界を見渡して、物事の本質に目覚めることである。戦後民主教育で育った世代の失敗によって、もう経済大国ではなくなった。それを自覚して地道に働こう。わが民族は、大震災の時も、今回の疫病騒ぎの中でも、何か事あるごとに素晴らしい「国民性」を発揮するではないか。文化的基盤はできているのだ。

韓国に対しては、徴用工裁判の判決を実行させることである。それで、大手を振って制裁できる。金融制裁すれば、得意の輸出すら立ち行かなくなるであろう。余計なことはする必要がない。淡々と事務手続きをしておけば、彼らは勝手に自滅する。自滅してから、今まで誰に支えられてきたかがわかるだろう。そこまでしないことには、彼らは気づかない。彼らの「ファンタジー史観」は、民族を腐らせてしまっている。通貨ウォンは暴落し、またもやIMFに管理されて塗炭の苦しみを味わうこととなろう。今の与党革新勢力は糾弾され、国内はまたも分裂する。日本政府は、朝鮮半島に関与せず、という声明を出しておけばよい。こちらからケンカを売る必要はない。関わらないことだ。

そういう企みのできる人材が、日本に厚みを持って存在することが必要だ。少々心もとない気もするが、ここまで韓国の横暴を、戦略的に我慢してきたのである。きっと「知恵者」がいる、に違いない。二国間の課題は、山積している。一気に解決できる時代が来ることを期待している。対中国と合わせて考えてみれば、国力が衰えたわが国は、もう単独では無理だが、アメリカを活用し、ヨーロッパと連携することで「絵」を描くことはできる。中国が完全に墓穴を掘っているいま、日本の政も財も、この流れを確実なものとしていかなければならない。これ以上の関わりは止めるか、又は逃げ出すことだ。そうすれば、アジアの地域覇権は、日本以外には考えられない、という国際世論が、自然発生的に形成されるようになる。機は熟している。

韓国 許すまじ(2)

政治200509

それにしても、なぜ、韓国が、日本に対してだけ、こんなに居丈高なのか。理由は簡単だ。もはや、1人当たりGDPは、世界26位の日本に対して、韓国は28位なのである。韓国にとっては、日本は、もう射程距離に入っている。その事実が、劣等感を刺激し、「自信過剰」となって表れている。

われわれは、なぜ、ここまで落ちぶれたのか、ということを考える必要がある。そういう問題意識で、なぜ、もっとマスコミは報道しないのか、不思議に思う。プライマリーバランスなどという意味不明の概念を持ち出して、「緊縮財政」を主張する輩が、この日本にはやたら多い。マスコミは、ほとんどが緊縮派だ。曰く「国が破産する」曰く「ツケを子供たちに残すな」・・・。相当の経済オンチか、どこかの国の「回し者」か、と思ってしまう。

同時に、朝鮮半島の今後の対応について「グランドデザイン」を持たなければなるまい。これも、「防共ライン」が、38度線から対馬海峡にまで下がってしまう、という論理が主流派だけど、韓国はもう「レッドチーム」に入れた方が良い、と私は思う。「反日」が選挙のカードになっているような国と友誼を結ぶ必要などない。

サムソンやLGといった企業に後塵を拝する日本企業であるが、電機業界の事情に関して、コメントするほど詳しくはないが、おそらく、プラザ合意で急な円高にされて、リストラされた技術者からの技術流出が大きかったのだろう。トロンなどの基本技術を封印された影響も大きいのかもしれない。東電やNTTとの協調体制を、アメリカに「構造改革」させられた影響もあるのかもしれない。いずれにしても、「トゥキディデスの罠」にはまり、アメリカから集中的に抑え込まれたことは事実だ。

しかし、もっと主体的に捉えてみると、平成の指導者たちが「戦う」ことを忘れて、「アメリカの属国」に甘んじてきた。それが平和の代償かもしれないが、そうした姿勢が経済的な衰退をもたらしたことも確かである。仕掛けられたグローバル化の中で、対症療法のみに専念し、大きな枠組みを構築できなかった。それは、日本国憲法、日米安保体制、東京裁判史観、といった枠組みの中でしか、ものを考えられなかった、平成の指導者たちの不見識によるものであり、その不見識が国力の衰退をもたらした、と言える。

李氏朝鮮は、戦後日本と同じで、最初から中国の属国として国を築いた。その結果、日本が明治維新を迎えたころには、極めて経済的にも貧しく、文化水準も低いままになっていた。政治の世界では、何度も抗争を繰り返すばかりで、確固たる統治の思想を構築できなかった。2000年以上の皇統の歴史を持つ大日本帝国とは、雲泥の差があったのである。それは明治初期に、日本と朝鮮を訪問したイザベラバードの旅行記に詳しく描かれている。やはり最初の理念が大切なのである。

それでは、日本の最初の理念とは何か、ということである。古来から災害や疫病や火事に苦しめられた歴史の中で、どういう国を目指して歩んできたのか、ということを、「コロナ禍」の只中にいる今、振り返ってみることである。このブログの読者諸兄には、もう私の言いたいことはお分かりだと思う。この30年余り、日本の指導者たちが進めてきた「改革」の方向ではない、ことだけは確かである。

韓国 許すまじ

政治200508

韓国政府は5月12日、日本政府の輸出規制に関して、問題を解決するための方法と立場を5月末までに明らかにせよ、と日本側に要求した。具体的な期限を示したことで、韓国政府が日本政府に対して事実上の「最後通牒」を出した、との見方が広がっている。日本政府が5月末までに回答しない場合、韓国政府は暫定的に留保しているGSOMIA終了を再び検討、世界貿易機関の紛争解決手続きを再開する可能性がある、と報じている。勝手にどうぞ、と言ってやりたいところである。

韓国政府はGSOMIAを継続させるためには、日本側がまず輸出規制措置を撤回すべきとの立場をとっている。これに対し、日本政府は輸出規制は協議になじまないとの考えであり平行線が続いている。韓国政府としても、GSOMIAの終了を延期してから6カ月が経過し、日本政府が輸出規制を撤回する可能性があるかどうかを、見極める必要があったのだろう。GSOMIA破棄は、アメリカは困るだろうけれど、日本にとっては、レーザー照射事件でウソをつくような国と軍事機密が共有できるか,ということだ。日本より中国に親近感を持っているのだから、半島から距離を取るべきだ。覚悟してアメリカを説得することだ。「事大主義」とはどういうことか、もう日本人も理解しなければならない。

それにしても、毎度のことながら、日本に対しては居丈高な態度である。韓国産業通商資源部資料によれば、2015年から19年3月までに156件の不正輸出があり、これは核兵器や生物化学兵器の製造に利用可能な物質を含み、流出先は中国が最も多く、ほぼすべての東南アジア各国、ロシア、インド、パキスタン、イラン、シリア、中東各国などである。北朝鮮との関係が緊密な国々もあり、北朝鮮にこうした物資が流れていれば、日本の安全保障上大きな懸念材料となる。

これに対し、韓国は、こうした物資が韓国からさらに北朝鮮に輸出されたのではないかとの指摘について、「日本が一方的に嫌疑をかけたものである」と反発している。北朝鮮に流れた疑いを晴らすべきは韓国であり、日本に反発するのは筋違いである。韓国は、本来は自主的に、どの企業が関与し、どの国に再輸出され、何に使われたかの実態を調査し、日本に報告すべき問題である。

誠実な対応をせずに、政治問題化させ、反日運動をするなどというやり方は、もう通用しない。日韓外交当局はこれまでも、日本の輸出規制について局長級協議を行ったが、両国間の主張の溝を埋めることはできなかった。今回の「最後通牒」は、新型コロナウイルスで、輸出が厳しくなっている韓国企業が、将来への不安を早く取り除こうとする目的もあるのだろうが、私には、逆効果になるのではないか、と思われる。また、こんな不当な圧力に屈するようでは、日本はもうおしまいである。

韓国に対しては、最近の「反日活動」の数々を忘れてはならない。「落とし前」を付けなければ、前に進むことができない。日本国民の多くが、そう思っていることだろう。幸い、天の時が、われわれに味方してくれている。経済政策の失敗で、韓国は、近いうちに、断末魔を迎えるだろう。米中対立は、もう修復が不可能なところまで進んでいる。今の韓国の政治姿勢では、必ず外交も破綻する。そして、いずれ「レッドチーム」入りして、中国と共倒れになっていくのだろう。しかし、もう決して助けてはならない。文在寅のような大統領を選ぶ国である。徹底的に、叩きのめすこと以外に、二国間関係が未来志向になることはない。それは、歴史が教えてくれているところである。再びの脱亜論の時代である。日本の政財界にも、中国と韓国とには、訣別する覚悟が望まれる。

もう一つのウィルス

政治200506

日本に蔓延しているのは「新型肺炎」を引き起こすコロナウィルスばかりではない。

「改革熱中症」を引き起こすウィルスもまた、長いこと蔓延し続け、日本を疲弊させてきた。

このウィルスに一旦犯されると、新自由主義という面妖な思想にかぶれ、精神が卑しくなり、どうも「改革熱中症」になるようだ。彼らの「自由」とは、規制緩和で、儲けるための自由にすぎない。

そうして、グローバリストに騙され、中曽根以降の国の指導者は、そろいもそろって「国益」を損ね続けてきた。そして、いまだけ、ここだけ、しか考えない「サル化」が始まり、反省もできない人間が溢れて、無責任社会になってしまった。そういう者たちを、政治学的には「似非保守」と言い、社会学的には「エリート愚民」と言い、経済学的には「市場原理主義者」と言う。

 

教育の立場から言うと、彼らは学校で優等生とされる「偏差値が高く、協調性があり、素直で、我慢強く、先生の言うことをよく聞く」ような人間が多い。

空気を読み、忖度が必要な日本社会に適合してはいるが、所詮、本物のリーダーの資質ではない。

しかし、事ここに至り、不具合が顕在化してきた今、経営学的に言うと、P―D―C―Aのマネジメントサイクルを回す必要があるが、それは彼らの沽券に係わるから断固拒否し、更なる改革を希求する。曰く「もっと改革が必要だ。改革が足りない。」竹中平蔵の口癖である。

 

さらに文化人類学的に解析を進めると、お得意の頭脳を生かして、新たな概念を編み出し、「理念」を旗頭にして活動するが、その「理念」ばかりが先行し「事実」に基づいて思考できない。

そういう意味では、ウソつき中国共産党と、同じ人種である。「理念」がお好きなところは、「リベラル」も同様だ。常に頭でっかちになるので、「リアリズム」の注射を打ち続けなければいけない。

ここへきて「似非保守」は、世界標準の「9月入学」などを言い出し、「大阪都構想」を蒸し返している。もういい加減に「改革熱中症」から抜け出さないと、日本の衰退は止まらない。労多くして功少ない、または功がマイナスになるような改革を、また今から始めるのか。何を優先すべきなのか、考えろと言いたい。

 

今回の「コロナ禍」で、国力の衰退がはっきりしてきたではないか。

安倍政権に対して、何をモタモタしているのか、という批判が多いが、いろいろわかってきたことから推察するに、やはり、国力の衰退にたどり着く。PCR検査を増やさないのは、それができないのだ。また、むやみに増やしても、医療の受け皿との関係で、医療崩壊を起こしかねない。

効率を重んじる改革論者がベッド数を削減してきた結果、重症患者を受け入れる余地が限られてしまっているのである。

雇用調整助成金など、急を要する施策が、遅れてしまうのは、行政の事務合理化が進んでいないからである。いざというときに備えての合理化・適正化は、不断の努力、小さな努力の積み重ねである。地道な改善が、なされてきていないという実態が、浮き彫りになってきた。

 

何事にも言えることであるが、現状は「ありてあるもの」なのである。過去のDoing(行為)の積み重ねが、現在のBeing(構造・体質)になっている。Being(構造・体質)を変えようとして、単細胞思考で、無理やりDoing(行為)を変えてきた結果が、この惨状なのである。すべての基礎になるGDPの世界シェアは、半分以下になってしまった。1人当たりも2位から26位にまで落ちている。しかも、小泉改革をはじめとする構造改革が、この日本を、「海の国」と「山の国」に分断し、「格差」を拡大させ、「貧困」を一般化させてしまった。「一億総中流社会」の崩壊である。いかに、この状況を抜け出すかに知恵を絞らないといけないのに、世間は、そうした問題意識が希薄である。静かに、穏やかに、衰退を続けている・・・。

サンダースの正論

政治200504

「アメリカ社会の基盤は、もう破綻している」というのが、サンダースの基本認識だ。そして「社会システムを再検討し、弱者にも公正な国家を目指すべき」というのが、彼の政策の根幹をなす。  「アメリカは、世界の歴史の中で最も豊かな国だ。しかし、富は極めて不平等だ。4000万人が貧困にあえぎ、保険に加入していないか、保険が十分でない人は8700万人。ホームレスも50万人」と主張する。この数字はいつもサンダースの演説に出てくる。コロナ禍と深刻な不況のいま、「貧困」「ホームレス」「無保険者」という言葉には、かつてないほど重い現実感がある。

そのサンダースが、4月8日に、民主党予備選から撤退した。なぜサンダースは負けたのだろう。それは、サンダースの持論である教育費、医療保険、気候変動対策という3つの大きな争点が、民主党内部を分裂させる構造になっているためだ、とする前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授の分析は、説得力がある。

学費をすでに払い終わった層には、サンダースが訴える学生ローンの債務免除は「今後の余計な負担」と見えてしまう。医療保険については国民の9割程度が保有し、年齢が上の民主党支持者の大多数は、すでに何らかの保険に加入している。民主党の支持母体である労働組合の中には、充実した保険プランを企業側から勝ち取っているケースも少なくない。製造業が集中するいわゆるラストベルトの各州では、サンダースが環境政策を叫べば、利害が相反し冷めてしまう、とわけだ。政治の世界は難しい。政策に優先順位をつけ、政局を見極めて、妥協しながら多数派を形成しておかなければ、その政策を実現できない。

さて、わが安倍首相はといえば今回の「コロナ禍」対応で露見した通り、真に「空虚な器」である。専門家会議に丸投げし緊急事態宣言の延長にも出口を明瞭に数字化して発表することもしない。資金繰りの苦労も知らない官僚の文章を読み上げるだけ、というお粗末さだ。これでは、支持率が低下するのは仕方ない。平時と違い戦時には、国民を団結させる「強いメッセージ」が要求される。

しかし、だからこそ、日本では長期政権となっているのかもしれない。同調圧力の強い社会である。フラフラしながらも、いろいろな意見を聞き、恥も外聞もなく軌道修正し、その方が結局は大きくは間違わないのかもしれない。頼りないようには見えるが、「独裁者」よりはまし、とも言える。普段は、彼の器には、経団連と財務省とアメリカが入っている。逆らえば、田中角栄のように「政治生命」を絶たれるのではないか、と恐れているのかもしれない。選挙で負けると「タダの人」。庶民なら、食い扶持にも困る。だから人が育たない。政界などというところは、真っ当な神経の持ち主が、足を踏み入れるところではない。ところが、それこそが、日本の問題だ。

サンダースを「社会主義者」として切って捨てる向きもあるが、むしろ日本の保守主義の真髄である伝統的な統治思想に適合しているのではないか、と思う。日本は「民のかまど」のお国柄である。

中曽根内閣以来、新自由主義が蔓延し、市場原理主義的な変革を重ねてきた。アメリカの圧力に屈して、日本社会をグローバルスタンダードと称するアメリカ式「株主資本主義」に変容させてきた。その結果はどうであったか。もう結論が出ている。経済成長せず、「一億総中流社会」は崩壊した。われわれよりも若い世代は、「中流」を維持することすらままならない。格差と分断が進み、社会から希望が失われた。「安全・安心・豊か・公正・寛容」という指標で評価すると明らかに低下している。なぜ、そういう視点での議論がこの日本でなされないのか。なぜ、アメリカという「見習うべきでない国」に影響を受けてきたことへの反省がないのか。これが「平和の代償」だと考え、受忍するべきだということなのだろうか。

コロナ後に予想される閉塞社会で、まずもって警戒すべきは、ポピュリストによる独裁政治である。そうした「いつか来た道」につながるような社会風潮が出来上がりつつある、ということも事実だ。かつて、海洋国家・日本は、諸外国からさまざまな影響を受けてきた。しかしすべて日本流にアレンジし消化してきたではないか。それが、大正の15年と同じように、平成の30年はできなかった。そういう時代認識を私は持っている。それは、目指すべき国の方向とか、日本が「日本」であるための必須条件とは何か、などという議論が絶えて久しくなっているからだというのが私の仮説である。

コロナショック(7)

政治200501

日本には、「2つの巨大な敵」がいる。中国共産党とグローバリストである。今回のコロナショックで、そういう観点も、理解してもらえる土壌ができたのではないか。掛谷英紀筑波大学准教授が書いている文章は、説得力がある。引用して読者に提供する。

さらに言うと、これに、私の体験した、グローバリストたちによる「日本タタキ」を加味してもらいたい。その結果、中国は経済発展し、増長の限りを尽くして、アメリカと世界覇権を二分しようと画策しているのだ。そういう現状認識が、日本では、未だコンセンサスになっていない。日本のリーダーたちの不見識は、底なしの状況を呈している、と言えよう。「エリート愚民」と言われる所以である。

引用:

新型コロナウイルス問題において最も大きな責任はあるのは、情報を隠蔽するとともに、他国による中国からの入国制限に反対して感染者を海外に旅行させ、ウイルスを世界中にばら撒いた中国であることは間違いない。しかし、中国を率いる共産党には重要な共犯者がいることを忘れてはならない。それは新自由主義を掲げるグローバリストたちである。彼らが推進してきたグローバリズムが、ウイルスの世界的拡散を容易にするとともに、医療物資不足で被害を拡大させたことも見落としてはならない事実である。

そもそも、中国の急速な経済成長の裏には、新自由主義者の多大な貢献があった。中国の安い労働力を使って利益を上げようと考えた新自由主義者たちは、資本の国際的移動の自由を推進してきた。1990年代、天安門事件やチベット弾圧など、中国を巡る人権問題に対する国際世論の関心が今より高かった。同様に、中国の知的財産権軽視も世界から問題視されていた。東西冷戦の余韻も残っており、独裁的な政治体制に対するアレルギーも、今より大きかった。

にもかかわらず、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟に象徴されるように、中国が国際社会の中に取り入ることができたのはなぜか。それは、「国際秩序に取り込めば、中国はルールに従うようになる」という新自由主義者のウソに人々が騙されたからである。米国の政界では、民主党に中国のシンパが多い。クリントン財団と中国との癒着、今年の大統領選の民主党候補になったジョー・バイデンの息子と中国との蜜月関係などは有名である。バラク・オバマも大統領の任期を通じて中国には一貫して融和的で、それが中国の南シナ海軍事要塞化を許す結果となった。

一方、共和党には中国シンパはほとんどいない。これが日本の保守勢力との大きな違いである。私は共和党の中心に宗教右派がいることが、この違いの背景にあると考えている。中国、ソ連をはじめとする共産主義勢力は昔からハニー・トラップを好んで用いるが、性の戒律を守る宗教右派には効かない。これが性にだらしない日本の保守政治家との大きな違いである。

ただし、中国が国際社会に取り込まれていったのは、共和党のジョージ・W・ブッシュが大統領だった8年間である。なぜ、共和党政権下でそれが可能だったのか。その最大の理由は、2001年の9.11同時多発テロ以降、米国がイスラム過激派を最大の敵と考えるようになったからである。歴史的に、共和党には「敵の敵」を味方にして後々禍根を残す政治家が多い。ソ連に対抗するために中国と手を結んだニクソンと同様に、ブッシュもイスラム諸国に対抗するため中国と手を結んでしまった。

当時、共和党の政治家の多くも、新自由主義者のウソに騙されていたようである。元米国下院議長のニュート・ギングリッチ(共和党)は、近著『Trump vs. China : Facing America's Greatest Threat (原題、日本語訳未出版)』のなかで、「私も他の人々と同様に、中国をWTOに加盟させることが大きな前進になると信じていた。それで中国共産党の指導者たちは法に基づいて行動することを学ぶと甘く考えたのだ」と告白している。

しかし、トランプ政権になって、米国は大きく方針転換をした。中国の国際的野心が明らかになった今、共和党の政治家の中国に対する見方は、非常に厳しいものになっている。ギングリッチ氏も、中国に世界の覇権を握らせることの危険に警鐘を鳴らしており、今後米国は中国との対決姿勢を強めるべきと主張している。もともと親中的だった民主党の議員もそれに追随せざるをえないようで、昨年末に米下院はウイグル人権法案を超党派で可決した。ジョー・バイデンも、民主党大統領候補予備選の討論会では、中国の全体主義を批判するコメントをせざるをえなくなっている。

とはいえ、米国の民主党支持者のなかに、新型コロナウイルス問題は中国よりもトランプの責任が大きいと答える人が6割もいる点は、重く見ておく必要があるだろう。米国の民主党支持者の左傾化はそこまで深刻な状況である。その背景には、チャイナマネーで汚染された米国大手メディアの影響がある。

米国の議員たちが反中姿勢を強める一方、日本の与党議員は新型コロナウイルス問題が起きても、一貫して親中的な姿勢であった。中国発のウイルスが世界に蔓延し始めている状況でも、ぎりぎりまで習近平を国賓として来日させようとしていたことは記憶に新しい。そして、日本人の多くは、まだ新自由主義者のウソを信じているように見える。

なぜ、日本人はここまで騙され続けるのか。左翼と新自由主義者は正反対のように見えて、実はウィン・ウィンの関係にあることに多くの人が気づいていないことが最大の問題であると私は考える。日本の保守派は、しばしば朝日新聞、毎日新聞、中日新聞(東京新聞)などの左派メディアを敵視する。しかし、中国にとって最も好都合なメディアは、中国への投資を盛んに奨励してきた日本経済新聞だったということを見落としてはいないだろうか。中国にとって新自由主義者が好都合なのは、彼らが人権に全く関心がないからである。それゆえ、中国共産党が国内で人権弾圧を加速させても、金儲けの機会さえ与えれば、新自由主義者は中国に積極的に投資し続けた。

実は、左翼と新自由主義者は互いを批判しつつも、その価値観には重なる部分が多い。自分の利益だけの最大化を目指すという意味で、メタレベルの価値観を共有しているのである。最も注目すべきは、両者ともにエリート選民思想の持ち主であるという点である。いずれも、一般市民に対する強烈な見下しがある。だから、左翼は市民から政治的な意思決定権を奪おうとし、新自由主義者は労働者の賃金を限界まで減らそうとする。両者とも自分さえよければいいという利己的な価値観の持ち主なので、平気で人権を蹂躙する。つまり、前者は政治的な独裁、後者は経済的な独裁を目指しているという点において、互いに似通っているのである。(これらは明らかに、日本の伝統的な統治思想、国体とは矛盾するものである)

先進国の内部に限っても、左翼と新自由主義者にとって、互いの存在は自らの野望の実現に大きなメリットがある。新自由主義的政策で国内の貧富の差が拡大すると、人々の不満が溜まって社会主義革命が実現しやすくなる。だから左翼にとって新自由主義者は非常にありがたい存在である。一方、新自由主義者も共産主義への嫌悪を自らの支持に転嫁して、人権無視の商売を正当化できる。さらに、グローバリストの新自由主義者は、たとえ自分が住んでいる国で革命が起きても、事前にそれを察知すれば、築いた富を海外に持ち逃げして豊かな生活が継続できる。

冒頭で述べた通り、新型コロナウイルスが世界全体に急速に拡散したのは、新自由主義者が推進してきたグローバリズムで、国際的な人の移動が大幅に増えたからである。新型コロナウイルスが中国で流行している状況下においても、新自由主義者は目先の商売の利益に囚われて、中国からの入国制限に反対した。さらに、新自由主義者が進めたサプライチェーンの国際化が、マスク不足に代表されるように、必要な物資を調達できないことによる被害拡大につながっている。この事態を見れば、さすがに鈍感な日本人も新自由主義の抱える問題に気づいたのではないだろうか。

これを機に、中国共産党と新自由主義という二つの独裁思想と訣別できるとすれば、新型コロナ後の世界は明るい。そうした希望の未来を想像することで、今の自粛の苦しみを耐え抜く力にしていただければと思う。(引用終わり)

中国共産党も、グローバリストも、「傲慢」で「不遜」、そして「ウソつき」である。しかも「利他の精神」の欠如した「卑しい精神」の持ち主である。こんな連中に、世界を支配させてはならない。

コロナショック(5)

政治200409

ウソつき国家・中国の実態が、今回のコロナショックを機に、世界中に明らかになってきた。歴史をねつ造し、都合よく己の利益ばかりを追求する集団を、欧米と協調して、崩壊へ追い込むことが、日本の歴史的役割である。その集団とは中国共産党である。「中華の夢」と称して、この期に及んで、軍事的な現状変更や、経済的・技術的な優位性を確保しようと、外交活動を活発化している。こんな国と友好を維持しようとする勢力は、もはや保守を名乗る資格はない。潮目は変わった、と認識すべきである。政財官やマスコミなどの日本のオピニオンリーダーには、意識変革を望みたい。

お隣の韓国も、「小中華」である。ウソつき国家であることは中国と同様だ。反日が、選挙のカードになる国である。そこまで「反日種族主義」が浸透している。しかし経済が風雲急を告げている。自滅していくだろうが、助けてはならない。永年の課題を一挙に解決する機会にしていかなければならない。肉を切らせても骨を断つだけの覚悟をしていかなければならない。財界人にも、それだけの覚悟を要求したいと思う。

今回のコロナショックで、日本も中小零細業者の方々は、塗炭の苦しみにあわれておられることであろう。「粗利補償」と「生活保障」と「資金繰り支援」で乗り切ってほしいものだ。日本には、それができる体力は残っている。そういうコンセンサスを構築するには経済学という学問のパラダイムシフトが必要だ。グローバル化を推進し、いままで国を主導してきた、竹中平蔵に代表される御用学者は糾弾されてしかるべきだ。「出羽の神」=「IMFやBISなどの国際金融資本」の戯言に歩調を合わせてきた責めを負うべきである。もう事実として、結果が出ているのだから。

米中の武漢発新型肺炎を巡っての情報戦は、凄まじくなってきた。お互いを悪魔化する動きは、危険信号である。ちょうど1930年代の再現のようだ。あのときは、日本は、中国との情報戦に敗れたが、同じ失敗を繰り返してはいけない。幸い、日本は今のところ、優位にはあるが、油断してはならない。相手は、強権国家である。危急の時には、「国防動員法」で、国民は国家に奉仕する義務を負っている。しかも、監視システムが充実し、ネットの支配が行きわたり、世論誘導がたやすい国だ。デジタル技術と独裁国家は相性がいい、というのは恐ろしいことだ。

アメリカは、覇権の維持に必死である。中東ではロシアに押されて影響力を縮小させている。最近の原油価格の暴落によって、採掘原価の高いシェールオイル企業の存立基盤を脅かされている。価格決定の主導権から見放されている。さらに、中ロによって、ドル基軸体制すら脅かされる始末である。石油取引はドルで、というのが常識であったが、いつまでその常識を維持できるのか、危うくなっている。アメリカは、ドル基軸体制を失うと、今のような双子の赤字=財政赤字と貿易赤字を放置できない。ドルの信用力が落ちると、貿易決済通貨のシェアを落とすことは確実だ。今のように、輪転機を回すだけで済む話にはならない。軍事費を縮小させざるをえない。軍事的覇権を失うと、世界経済への影響力も失い、軍事技術から派生してきた、いまの技術的な優位性も失うことになる。もう今世紀半ばにはパックスアメリカーナは終焉していることだろう。それまでに今の中国を何とかしておかなければならない。そういう問題意識のある日本のリーダーはいるのだろうか。

中国は、コロナを世界中に蔓延させたにもかかわらず、極めて傲慢な態度に終始している。これでは各国の反発を招くことは必至である。中国には莫大な損害賠償を行なわせる、と息巻く指導者が現れるのは当然である。こうした中国独自の行動パターンを、世界が認識しだしたのはいいことだ。さらに望むらくは、戦前からこうした行動パターンは何も変わっていない、ということを世界に知らしめなければならない。それは日本の仕事である。日本人は陰徳という慎ましやかな行動をモットーとするが、中国人はウソとプロパガンダに明け暮れる民族だ、ということを周知させることが大事だ。

コロナショック(4)

政治200408

緊急事態宣言を発令してから2週間、未だ収束の気配はない。それに合わせて決定した緊急経済対策は「事業規模108兆円」という数字が躍る。しかし、この108兆円はまやかしであり、いわゆる「真水」は新規発行国債のわずか16兆8000億円余りに過ぎない。困窮家庭に対する30万円の支給から、一律一人10万円に切り替えたのは正解だが、それにしても、安倍首相の「経済オンチ」ぶりが際立っている。その背景にMMTに対する理解が乏しいことにあることは前回説明した通りである。

 

今回のコロナショックに対する危機意識が現政権にあまりにもなさすぎるとして、身内である自民党内部からも批判が出始めている。いいことである。私が以前から注目している自民党の議員連盟「日本の未来を考える勉強会」は3月11日、首相官邸や党本部に対して若手議員50名超の賛同を得て「消費税ゼロ」「30兆円規模の真水投入」などの提言を行ったが、政府の緊急経済対策について、「点数をつけるなら100点満点で10点。自粛の要請に対して補償は一切しないというのはおかしい。30万円の支給というのも支給要件が厳しすぎる上、時間がかかる。給付は一律で迅速に行うべきだ」と厳しく批判したそうだ。議員連盟の会長を務めるのが、私の注目する安藤裕衆院議員だ。

ネットでの記事を引用し、読者に提供したい。

引用:
政府の経済対策は4月6日、自民党本部で行われた成長全体会議で了承された。安藤氏はその会議の場で「経済対策の体を成していない。撤回すべきだ。こんな対策しか作れないのなら与党でいる資格がない」と公然と批判し、党内をざわつかせた。
「政府は新型コロナによる経済的なダメージを自己責任にしてしまった。コロナ問題の収束は見通しが立っていない状況で、売り上げの激減が続き、固定費ばかりが積み上がっていく。これでは多くの事業者が廃業を選択するしかなくなる。
サービス業や飲食店といった被害が『直撃している』業界が潰れていくと、次第に製造業などあらゆる業界にも影響が波及していくでしょう。党内では『コロナ収束後のV字回復期』に向けた対策が語られていますが、このままでは収束後には多くの事業者が潰れていて“V字”ではなく“L字”になってしまう」

では、何をすべきなのか。安藤氏の提言は明確だ。
「とにかくやるべきことは大きく3つです」として挙げたのは、
(1) 「粗利補償」、(2)「現金給付」、そして(3)「消費税ゼロ」だ。
それぞれの意義について次のように説明する。まずは(1)「粗利補償」についてだ。
「政府は自粛を要請しています。それによって飲食店や旅行業界、興行など様々な業界で利益が失われている。雇用調整助成金もありますが、1人あたり一日8330円が上限となっていて、それだけでは雇用は維持できない。さらに賃料など固定費の支払いができない。政府は無利子の融資を用意するからそれで乗り切れというが、その分は借金として重くのしかかる。

デフレ経済がさらに進むことが予測される中、それならもう廃業してしまおう、と考える企業も増えてくる。そうなると『連鎖倒産』という負のスパイラルになるでしょう。
だから何よりも『粗利補償』をして、自粛しても不安なく生活できるようにしなくてはならない。そしてそれは何よりもの感染拡大予防になるのです。そうでないとリスクを負ってでも営業を続ける。営業して感染するリスクよりも経済的に死ぬリスクの方がはるかに高いからです。埼玉でK-1の試合が強行されたのがいい例です。とにかく一刻も早く粗利補償をすべきです」

(2)「現金給付」については次のように指摘する。
「『現金給付』はとにかく迅速に支給をしなくてはならない。そのためには一律10万円の支給をやるべきでした。コロナ問題で収入が激減したり、仕事を失ったことで今月の家賃も払えない、水道代も電気代も払えない、という国民がたくさんいることを忘れてはならない。
事態は急を要するのです。ましてや『外出自粛』をお願いしている以上、政府が『国民の生活はしっかり保障する』という明確なメッセージを出すことが重要です」
続けて(3)「消費税ゼロ」だが、そもそも安藤氏らが消費税ゼロを主張する背景には、昨年10月の消費増税による日本経済への壊滅的な影響がある。10〜12月期の実質GDPは−7.1%という驚くべき数字だったからだ。
「コロナショック以前に日本経済は崩壊寸前のところまで来ています。その破壊を食い止めるためにも消費減税は必須です。その上にこの甚大なコロナショックがきたのですから、ゼロにすることは不可欠です」
この「消費税の減税」には賛否が大きく分かれており、否定的な意見も根強い。しかし、安藤氏はその一つ一つに反論する。
減税効果への疑問:「下げたら消費にプラスの影響を与えるかというと、必ずしもそうではない」(立憲民主党・枝野代表)
→(安藤氏の反論)「コロナによる不況対策ではなく、もともと土台が壊れていた日本経済を立て直すものです。例えば年収300万円の世帯であれば、ほぼ全額が消費に回っているので単純に言って30万円を給付するのと同じ効果があります。
それから給付ではネットカフェ難民のように住所不定者には届かない。消費税をゼロにすれば10%の給付を行うのと同じ効果がある。このように、消費減税は実質的な個人所得をかさ上げする効果があるので、消費には必ずプラスの影響を与えます」

財源がない:「全世代社会保障を構築するためにどうしても必要な財源」(安倍首相)
→(安藤氏の反論)「財源は国債です。自国通貨である円建てで国債を発行する限り、返済不能となることはあり得ません。そのことは財務省自身が公式文書で『日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない』と言明している。
財政規律を問題視する意見もあるが、この未曾有の事態においては財政規律を優先すべきではない」
下げたらいつ戻すのか:「消費税を減税した場合、いつ元に戻すのか。この責任は誰が負うのか」(自民党・二階幹事長)
→(安藤氏の反論)「景気が回復し、デフレスパイラルから脱却したら経済状況を見て上げていけばいいでしょう。その場合の景気条項を再度設定すべきです。名目成長率で3〜4%、実質成長率で2%、インフレ率2%を超えてくるような状況になれば上げることを考えられる状況になるのではないか。つまり、消費税を再度上げることが社会的に許されるような経済状況になった時に初めて上げられるということです」
事業者コスト:「レジ改修など小売店の負担が重い」(大手新聞社説)
→(安藤氏の反論)「改修費用は国が負担すればいい。また、消費税ゼロであれば、『非課税』と処理すればいいので、そもそもコストがほとんどかからない場合もあるのではないか。いずれにせよ、減税しない理由にはならない」
買い控え:「買い控えが発生する」(自民党・岸田政調会長)
→(安藤氏の反論)「それはその通りです。しかし、今は自粛要請をしており、買い物も食料品など必要最小限のものに限られています。ですから、今のうちに消費税ゼロを決定し、2ヶ月程度の準備期間を設けて実行する。そうすれば、コロナ問題が収束以降の消費で大きなバネになるでしょう」
キャッシュレス:「キャッシュレス決済のポイント還元でも消費減税と同じ効果がる」(自民党・世耕参院会長)
→(安藤氏の反論)「キャッシュレスの推進は中小零細企業にとっては死活問題です。入金までに時間がかかるため、資金繰りが悪化する上、業者に手数料を取られるため利益が薄くなるからです。それを推進するというのは中小零細企業をさらに追い詰めることにしかなりません」(引用終わり)

 

安藤裕という宝をわが国の政界に得た、ということを誇りにしたいと思うほど、明快に処方箋を書いている。自民党も新旧交代していかなければならない時期に来た、と思う。

今度の総裁選では、ゆめゆめ石破茂のような、自虐史観に凝り固まった人物を選んではならない。

平成の30年を総括して反省できていないような人は国会から「追放」しなければならないと思う。

武漢発新型肺炎の報道に接して(9)

政治200402

志村けんが武漢発新型肺炎によって亡くなった。元々肺炎の既往歴があったとはいえ、感染してから重篤化し亡くなるまでのスピードに驚かされた。また最近、内外の若年者の感染死亡例も伝えられており、社会全体の「気のゆるみ」も、これらのニュースで吹っ飛んでしまった。

「医療崩壊」と「経済恐慌化」の両方を避けるために、為政者の舵取りが問われる場面である。

批判するのは簡単だが、当事者は胃が痛む思いであろう。いろいろなところで、苦衷の選択をせざるを得ない方々には、同情申し上げる。そして、社会は集団戦であることを、再度確認しておきたい。いずれ収まった段階で、医療崩壊の防止を第一義的に考え、発熱しても4日間は自宅待機とし、検査数が圧倒的に少ない日本の対応策について検証されるべきであろう。何事にもP―D―C―Aを回そうという提案である。諸外国と違うからと言って、早急な結論は出すべきではない。

 

さて、最近の報道に接していて、3つのことにコメントしたい。

1−安倍政権は保守ではない、ということ。保守ならば、日本伝統の統治思想に依るはずであるが、この期に及んでも、「民のかまど」には思いが至らないようである。

本質と現象の区別がついていないからだろう。本質は、かならず現象に現れ、現象の蓄積が本質である。デフレ脱却(現象)が急務であるのに、財政破綻(本質)を心配している。財政破綻(本質)の心配のある国だったら、日銀が無茶苦茶な金融緩和(現象)をしているのだから、インフレ(現象)にならなければおかしいではないか。

実体経済が弱く、国家に信用がなければ、何かの危機には、貨幣価値は下落し、国内的にはインフレになり、国際的には円安になるはずではないか。しかし今や、経済不安のたびに円高になっている。日本の貿易取引の半分は、円で決済している。立派な国際通貨である。複式簿記を勉強して、貨幣の本質を理解し、現代貨幣理論=「MMT」に立脚した政策を取ることが大事になっている。

 

2−アメリカ社会の脆弱性を改めて感じた。1980年代から、日本が、アメリカよりも優位にあることが、5つあった。資本主義の運用方法、経営に対する一般的理念、医療制度、学校教育のコンセプト、大衆の民度である。これを認識できなかった為政者の失敗が今日の閉塞する日本に繋がった。

医療も教育も、世界に冠たる制度を構築していたのである。資本主義の運用方法(混合経済)や経営に対する一般的理念(日本的経営)も、グローバル化の下で、風前の灯火である。かくして、大衆の民度も下がり、「今だけ、カネだけ、自分だけ」のサル化社会になっていくのではないか。

 

3−中国のうそつき体質を、改めて確認した。そして、その実態が、徐々に世界に知れ渡ってきた。

こういう機会を利用して、歴史のねつ造をしてきた中国共産党に一矢を報いたいものだ。このことについては、最近の面白い記事を2つ紹介しよう。

引用1:

習近平がG20の特別サミットテレビ会議(3月26日)で演説をし、「ウイルスに国境はない。感染症はわれら共同の敵。各国は手を取り合って立ち上がり、最も厳密な共同防衛ネットワークをつくらねばならない」と、世界に呼びかけた。翌日のトランプとの電話会談では、米国に中国側の新型コロナ肺炎対策に関する詳細な経験を紹介し、「米国の困難に陥っている状況を理解している。できる限りの支持を提供したい」と、あのトランプに習近平がいろいろとアドバイスして差し上げたようだ。米国が中国以上の新型コロナ肺炎の感染者を出し、ニューヨークの医療崩壊に直面している中で、習近平がトランプに「助けてあげようか?その代わり・・・」と上から目線で問いかけ、世界のリーダー然としてふるまったという。

引用2:

中国の新型コロナウイルスの死者数と感染者数について中国当局が過少報告しており虚偽だ、と結論付ける機密報告書を米情報機関がまとめ、先週ホワイトハウスに提出した、とブルームバーグ通信は報じた。複数の当局者の話として伝えた。事実なら感染力や致死性を判断するのに不可欠なデータの信ぴょう性が崩れかねず、国際社会で批判が強まるのは必至だ。(引用終わり)

 

武漢発新型肺炎の報道に接して(8)

政治200311

危機に際して、人間の本性が現れる。それは、人間の共同体である民族や国家に対しても言えることである。だから、今回の武漢発新型肺炎の報道にも、注意を凝らして接すると、いろいろとタメになることが多い。

そんななかで、今回、中国の異常さについて、西側諸国のコンセンサスができつつあるように思う。政治・経済・社会・文化の各方面での異常さに気づき、「分離」していかないと世界中の人々を不幸にするという認識が、西側先進国に共有化されることを望む。これは、これまでの反省を踏まえて、アメリカが中心となって進めるであろうから、日本は軌道を外れることなく、乗っかっていけばよい。

また、韓国のヒステリックな対応についても、隣国として、冷静に見ておく必要があるのだろう。そのために、参考になる記事をご紹介しよう。『日本人が誤解している東南アジア近現代史』(扶桑社)の著者の川島博之氏が、中国に陸続きで接し経済的にも相互依存関係にあるベトナム人と朝鮮人とが、どのような態度で中国に接してきたか、その歴史の違いから、今回の武漢発新型肺炎の防疫措置の違いを論じている。まさに「平和を望むならば、戦争の準備をしろ」ということである。日本の歴史を参考にし、他国の歴史をも他山の石にしたい。要点だけ抜粋して、読者に提供する。

引用:  

ベトナムは過去2000年にわたり中国の侵略と戦ってきた。ベトナムは今から約2000年前(漢の時代)に中国の植民地になってしまった。しかし約1000年前、唐が滅びて中国国内が混乱した時代に、ベトナムは独立することができた。しかし、中国はそれ以降も、事あるごとに攻めてきた。その度にベトナムは国を挙げて戦って、中国の大軍を追い返している。

海を隔てた日本とは異なり朝鮮半島に住む人々もベトナムと同様に中国の脅威にさらされてきた。その脅威に対してベトナムの人々は武力で対抗したが、朝鮮半島に住む人々は全く異なる対応を選択した。朝鮮半島に住む人々は中国に服従して、ご機嫌をとる政策を選んだ。中国に服従して生きる姿勢は李氏朝鮮(1392〜1910年)になると絶対的な国策になった。

朝鮮の人々は中国(明と清)の意向を宗主国として仰ぎ見て、その意を忖度して生きてきた。そんな朝鮮は華夷秩序の中で、満州や日本に住む人々を自分より序列が低いと考えるようになった。周辺の人々を蔑視したのは、中国に対する屈辱感がなせるわざだろう。常に中国を仰ぎ見ていた朝鮮半島の人々は、他の国の人々を見下していなければプライドを保つことができない。

ベトナムと韓国の新型コロナウイルス騒動への対処の違いは、その歴史から解釈することが可能である。常に中国に対して果敢に戦ってきたベトナムは、今回の問題でも中国に対して強い態度で対応することができた。その結果として、これまでのところ感染者数を抑えることに成功した。一方、常に中国の意を忖度して生きてきた韓国は、今になっても中国からの入国を許すようなあまい政策を取り続けて、自国内に感染を蔓延させてしまった。非常時には、人間も国家も「本性」が現れる。1000年にわたって染みついた属国根性は、そう簡単に拭えるものではない。(引用終わり)

今回の「コロナ禍」で、世界経済は凍り付き、「世界恐慌」が秒読みの段階まできてしまった。特に日本は消費税増税により年率換算7,1%減の景気悪化に加えての、最悪のタイミングでの惨禍である。プライマリー・バランスなどという寝言を言っている場合ではない。相当思い切った財政出動をするしかないが、現在の日本は、十分それに耐えられる。「世界一の金持ち国」の面目躍如となるような施策展開を期待したい。日本の底力を信じている。

武漢発新型肺炎の報道に接して(7)

政治200306

武漢発新型肺炎について、これぞ「情報戦の見本」と言えるようなやり取りが、米中間で行われている。実に面白い。まず、アメリカ側から。

引用:

オブライエン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は11日、ワシントンの政策研究機関「ヘリテージ財団」で講演し、新型コロナウイルスに関する中国政府の初動の対応について「隠蔽活動だった」と断じ、「そのせいで世界各国の対応が2カ月遅れた。中国の行動は最初から間違っていた」と述べ、感染が全世界に拡大したのは中国の責任である、との認識を明らかにした。

オブライエン氏は、中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎に気付いて警鐘を鳴らした医師らが当局に口止めされたと指摘し、「武漢での感染爆発は隠蔽の結果だ」と非難。その上で、中国が事態を直ちに開示して世界保健機関(WHO)や米疾病対策センター(CDC)の現地入りを要請していれば、「中国で発生し、今や世界各地で起きている大規模な感染を大幅に抑えることができていたはずだ」と強調した。

オブライエン氏はまた、一部の中国政府当局者や中国メディアが「ウイルスの感染は中国から始まっていない可能性がある」などと述べていることに対し「ウイルスは武漢市が発生源だ」と言明した。同氏は一方、トランプ大統領が1月下旬、米国での感染拡大を予防するために中国から米国への渡航制限を大幅に厳格化した措置を「勇気ある決断だ」と称賛し、「米国は、この措置によってウイルス対策のための時間を6〜8週間も稼ぐことができた」と語った。

一方の中国側では、

引用:

中国外務省の報道官は12日、米軍が湖北省武漢に新型コロナウイルスを持ち込んだ可能性があると発言した。証拠は示していない。複数の米政府高官が最近、中国の新型コロナ対応のスピードや透明性を巡り批判していることに中国側は反発しており、言葉の応酬が続いている。

外務省の趙立堅報道官はツイッターへの投稿で「米国で感染源確認はいつなのか?何人が感染しているのか?病院はどこなのか?米軍が新型コロナの流行を武漢に持ち込んだのかもしれない。データを公表し、透明性を向上させるべきだ。米国は中国に説明する義務がある」と述べた。

前日にはオブライエン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、中国が新型コロナに適切に対応しなかったため、世界は感染拡大に対する準備を整えるための2カ月を失ったと述べた。中国外務省の耿爽報道官はこの日、新型コロナの世界流行が中国による対応の責任とする米政府高官らの発言を「道義に反し、無責任」と批判。「複数の米高官らは中国に責任をなすりつけるのではなく、新型コロナ対応に全エネルギーを注ぎ、協調を促進することを望む」と述べた。

さらに、

中国政府は13日、新型コロナウイルスの感染者が前日より8人増え8万813人になった、と発表した。中国本土の新規感染者が1桁にとどまるのは、全国集計の発表を開始した1月21日以降初めて。湖北省武漢市で5人増えたほかは、米国とイタリアから帰国した上海市の2人と、英国から入国した北京市の1人だった。

中国国家衛生健康委員会は12日、「中国での流行のピークは過ぎた」との認識を初めて表明。習近平国家主席は同日夜、グテレス国連事務総長と電話会談し、「中国人の艱難辛苦は世界各国の感染拡大防止のために貴重な時間を稼ぎ、大きな貢献をした」と主張した。 (引用終わり)

どうだろう。これが、世界の実情だ。こういう世界に対処していくには、平和ボケし、ヤワな今の日本のリーダーたちでは務まらない、という認識になりませんか。国内では性善説、海外では性悪説で対応するぐらいの切り替え、覚悟が必要ということですね。これは民間でビジネスをやっていると、そういう知恵がつくものです。

もちろん、私は、中国の言っていることは、ハナから信用していませんがね。これも、彼らの教えている歴史や、公式発表している経済統計と同じで「ねつ造」がまかり通っていると思っています。

武漢発新型肺炎の情報に接して(6)

政治200305

和田憲治氏のレポートを参考にして、最近の情勢をまとめてみます。

ジョン・ホプキンスのコロナウィルスの拡散を示すウェブサイトによると、3月8日現在、
世界の全感染者数105,838人、全死者数3,559人で、内訳は、
・中国80,652人、3,070人
・韓国 7,041人、44人
・イタリア5,823人、233人
・イラン 5,832人、145人
・フランス949人、11人
・ドイツ 799人、0人
・ダイヤモンドプリンス船696人、6人
・スペイン500人、10人
・日本  461人、6人
・アメリカ417人、17人
・スイス 268人。1人
・イギリス206人、2人 (以下省略)などとなっている。

日本は、検査体制が十分ではないので、実際には、感染者は10倍にも及ぶとの説もある。

やはり、習近平の国賓訪日を前に、中国に遠慮して、初期対応がまずかった、ということだろう。

ようやく、中国と韓国からの入国制限に踏み切った。初動が、1か月以上も遅れてしまった。

 

中国は、習近平が2月末で収束させるとしたので、2月後半からは数字は伸びていない。

すべての数字は、中国共産党の監督の下で「つくられ」、国民や世界に知らせている。

相変わらずの「強権体質」で、彼らの言うことは、基本的には信用できない。そういう国家体制だ。

最近では、WHOまでも籠絡し、今回の新型肺炎は「武漢発」かどうかはわからない、などと言っている。責任回避へ向けて、もうプロパガンダ戦争を始めている。

しかし、武漢に発生した11月の段階で情報を隠蔽せず、国内外に公開していれば、世界はこんなことにはならなかったはずだ。

 

他国の感染者数は、一帯一路の影響下にある国、中国人をまだ受け入れている国が爆発中だ。
EUでは、イタリアの中国に買収された都市が封鎖された。中国に忖度し初期で締め出せず、春節帰りの工員を受け入れたからだ。

中国と関係が深い韓国やイランでは、医療崩壊を起こしている。

日本は、初期対応を間違ったとはいえ、死者はまだ6人だ。公衆衛生の観念が徹底している日本人の民度の高さも影響しているのではないか。インフルエンザと、新型肺炎を合わせた死者数は、むしろ例年より少ない、と言える。

アメリカも、クルーズ船の扱いに苦慮しているようだ。散々日本を批判してきたが、ここはお手並み拝見といきたいところだ。市中感染も報告されており、これから、本格的な拡大が懸念されている。

 

それにしても、不謹慎な言い方になるかもしれないが、こうした非常時にお国ぶりが現れて、とても面白い。韓国は、案の定、日本に「対抗措置」を取り、9日から日本人の入国制限に踏み切った。それで、保守系新聞からは「中国には何も言えないのに・・・」などと揶揄されている。

「反日種族主義」に凝り固まり、こんな政権を作り出した朝鮮人の意識の低さを、改めて実感する。

彼らは、日韓併合(1910年)前、民衆は、どんな生活をしてきたのか、教えられていないのだ。

受験勉強ばかりして、捻じ曲げられた「歴史」を頭から信じ込まされ、「世界」を虚心に見る「学問」の洗礼を受けなければ、こんな民族が出来上がるということだ。

 

外交は、その国の教科書で、どんな歴史を教えているか、を考慮して、政策を練るべきだ。

中国や韓国に対し、日本はこれまで多大の貢献をしてきたが、援助しても、いずれ、こういうことになることを、我々は、肝に銘じようではないか。

韓国には、やはり、「教えず、助けず、関わらず」の非韓三原則を貫くことが正解だろう。

中国には、中国共産党の一党支配を崩壊させるために、アメリカと一緒になって戦略を練ることだ。

この二国だけは、これ以上、世界に影響力を持たせると、「公正」という観点から、マイナスの力しか生み出さないからだ。世界情勢を見ると、だんだんと、「機が熟してきた」ように思う。

 

まずは、徴用工の韓国最高裁判決が楽しみだ。大手を振って「制裁」ができるからだ。

断交覚悟で、一番きつい「金融制裁」に踏み切るべきだと思う。

文在寅政権による一連の「反日行動」の、「お返し」をすべき時期に来ている。

「日本に難儀をもたらす国」が、どういう結末になるのかを世界に示すことは、日本の外交力を増大させることになる。もう「堪忍袋の緒」を切ってもよいころだと、私は思います。

武漢発新型肺炎の報道に接して(5)

政治200301

イベントの延期要請や学校の休校要請に発展した今回の新型肺炎騒動、場当たり的などと批判が渦巻いているが、どうも「ダイヤモンドプリンセス」以外の公表感染者が少ないのは検査体制が整わず、検査していないからだというのである。検査していないのだから当然発見できず、公表数値が極めて少ないのではないのか、と疑われているのだ。

いつから日本は、こんな三流国になり下がったのか。最近の報道を見ていて、何とも腹立たしい。

 

そして、「ダイヤモンドプリンセス」では、外国人の死者も出て、その対応が国際的な批判を浴びている。船内で感染者を量産する「ウイルス培養器」のイメージができあがってしまった。

こういう場合、透明性を確保して、情報を世界にタイムリーに発信し、信頼を得なければならない。

船で感染が広がった一義的な責任は、乗客の感染後もパーティーを開くなどしていた船の対応にあるともいえる。だが、そんな事実が報道に出始めたのは、ほとんどが下船後だった。一度定着した評価を覆すのが難しいことは、広報の世界では常識である。日本政府のミスは、隔離対策そのものよりも、その透明性にあったわけだ。いつもの日本の悪い癖が出て、海外への広報では、こちらから仕掛けていかなければだめなのに、後手に回った時点で負け。いまだに日本は学ばない。

今や、ウイルスによる公表感染者数約200人に過ぎない日本が、死者だけで3000人に迫る中国から渡航制限を受けようとしている。

2月26日、中国の首都・北京の当局は「状況が深刻な地域から来た人は14日間の経過観察を受けることになる」と発表し、日本からの渡航者などを念頭に、中国に渡航した際は自宅などでの14日間の隔離措置を求めることを明らかにしたのだ。なんということだろう。

国際情報戦での日本の非力が、またしても炙り出された格好だ。日産のカルロス・ゴーン元会長の国外逃亡、司法批判、に続く汚点ではないのか。

なぜ、このような「三等国」状態がかくも長く続くのか。そこには、日本政治の、米中という覇権国に対する基本的戦略の欠如があるからではないのか。「弱腰」でしか対応できない信念の欠如があるからではないのか。

そして、そこに至るプロセスのなかに、日本のリーダー層の不見識、世界観や歴史観、日本人としての価値観の歪みを見るのである。さらに言うと、自虐史観やWGIPの悪影響を受けた「戦後民主教育」という偏見を身にまとったエリート層の堕落を見るのである。

そういう意味では、この30年にわたる経済の低迷も、その結果の社会閉塞状態も、同根である。

 

モタモタしている日本をしり目に、株を上げつつあるのが中国という記事もある。当初は武漢当局が隠蔽したなどとの批判も起こったが、1000万人都市の武漢を封鎖するなど前代未聞の強硬策を次々に打ち出し、2月下旬からはとうとう感染者の数が減り始めた。その間、国内の研究者が矢継ぎ早にコロナウイルスの臨床状況などをもとに論文を提出。高齢者に重症者が多いなどの詳細な臨床研究や、エアロゾル(霧状の水滴)を通じた感染の可能性があることなどを次々に明らかにしていった。

そもそもの過ちは、習近平を国賓として呼ぶという政治日程ありきで、「大ごとにしないでほしい」という中国の要請を忖度したことから始まる。北海道で感染者が多いのは「雪まつり」に大勢中国人が観光に訪れたからである。因果関係は、はっきりしている。

アメリカが中国という国の危険性に目覚め、やっと共産中国の崩壊へと準備ができたのに、何という政治センスの欠如なのか、とあきれてしまう。ここが一番の問題ではないか。デカップリングに協力することこそ、日本の国益ではないか。

 

幸い、今回のウイルスは感染力が非常に強い反面、毒性は必ずしも高くない。若くて健康な人の場合は、罹患してもほとんどが無症状や軽症のまま治るようだ。このため、「季節性インフルエンザと危険性は変わらない」と楽観視する声もある。ただし、治療法が確立していないため、重症化してしまうと入院期間は長引き、持病を持った人や高齢者は致死率も高くなるようだ。

これから大事なことは、集団感染により医療サービスの需給バランスを崩してしまう点にあると言われている。武漢で死者が急増したのは、重篤な肺炎患者が押し寄せた結果、医療体制が崩壊したからだそうだ。同じ悲劇は日本でも起き得る。マスクやトイレットペーパーが、店頭から姿を消した。ほんのちょっとバランスに偏りが生じただけで、盤石に見えたシステムが、ドミノ式に崩壊していく例は過去に経験済みだ。経済分野においても、「金融恐慌」とは、そうして発生する。平時において、そういう断末魔を迎えることのないように、何事もコントロールしておくことが大事だということである。

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