文科省への提言内容

平成23年11月文科省のヒアリングに参加して意見陳述してきました。

  文科省のホームページをご覧ください。

   配布資料はこちらです。


今後の高校教育の在り方に関するヒアリング(第1回)池田博男氏(岩手県立盛岡北高等学校長)意見発表

【池田氏】

 岩手県立盛岡北高校の校長をしております池田でございます。いわゆる民間人校長です。教育実践の経験がないんですが、新鮮な観点が期待されているので、いろいろ問題提起をさせていただいています。問題提起って平たく言えば、いろいろなところに違和感を表明し、いろいろな部署にかみついているというのが、現実です。今日は、文部科学省にかみつきに参りました。よろしくお願いします。
 もう7年目の校長です。最初は、普通科と専門高校の統合高校に3年おりました。それから工業高校に2年おりました。今、進学校で2年目でございます。自慢することがあるとするならば、この間ずっとぶれていないということです。どこかの総理大臣のようにぶれるようなことはないと、これだけは自信を持って言えます。
 それで、私の特徴は、毎月毎月、職員会議で、先生の先生をしているということです。学校の先生というのは、本当に勉強しない。それで、強制的に勉強させている。そういうちょっと変わった校長です。ここに11月の定例職員会議校長講話というのがありますが、自分が気付いたことを文章化したもの、それから新聞記事の切り抜きなどを利用しています。先生方は世間に疎いものですから、強制的に読ませています。そういうことが文科省の目にとまったので、ここに呼ばれているのではないかと考えています。
 この20年間、日本の教育は良い方向に向かっていない。先ほど副大臣がおっしゃったような問題意識については、私どもも十分持っています。何をきっかけに、良い方向に進まなくなったか、はっきり言って悪い方向に行ったかというと、臨教審以降だと思うんです。政治主導ということで、政治家の皆さんが、教育改革と称して、何かやり出すと、どうも現場に合わないということです。これの積み重ねが臨教審以降あったのではないかと、私はそういうふうに感じています。民主党さんも政治主導がお好きですから、その辺はひとつ十分気をつけていただきたいなと思っています。
 というのは、やはり文部科学省の審議会にいろいろな議論をされる方は、世界の動きとか、これからあるべき日本の姿等々を描いて議論される方だと思うんです。そういう方は、どうも子供の実態とか学校現場の職場の生態系がわかっておられないと思います。逆に、私どもが学校の先生と毎日付き合っていますが、学校の先生というのは、先ほども言いましたとおり、世間に非常に疎い。というよりもむしろもう関心がない。目の前の授業あるいは部活指導等々をするだけで、頭が働いていない。前例踏襲の思考停止集団なんて、私はいつも先生方に言っておりますが、そういうような状態であります。その中間にある、仲を取り持つ文部科学省のお役人さんとか、県の教育委員会とか、我々管理職ですね、そういう者が、実際この20年間機能していなかったのではないかというように思っています。
 今日は、レジュメを用意してきましたので、ちょっとそのレジュメに従ってお話ししますが、1.は、文科省は反省が足りない。無謬主義に陥っている、ということです。臨教審答申、これは1987年に出されたと思いますが、教育界に誤ったメッセージを発信した。個性重視の原則は、しつけること、教え込むことに緩みを生じさせ、学校から切磋琢磨する雰囲気を奪ってしまった。私は総合学科の設置というのは、その典型例だと思いますが、切磋琢磨というのはやっぱり競争するということです。そういう雰囲気がどうもなくなっているように思います。
 それから、2002年の学習指導要領の改訂、いわゆる「ゆとり教育」ですが、もう失敗だったと総括をするべきだと思っています。今本当に学力低下が進行している。それに非常に学力の幅が広がっている。昔は正規分布でしたけど、今は高原型です。あるいはフタコブラクダ型です。本当に意欲のない子供たちが多数高校に在籍している。こういう認識をしないといけないと思います。
 それから、ベテランの先生方が口をそろえて言うのは、今の高校生は幼稚化しているということです。「どういうわけか、昔の中学生のような感じです。」こういうようなことをおっしゃいます。生活体験が不足しているのかなとも思います。とにかく「ほどほど志向」が多い。意欲に欠けると感じる。今、私どもは進学校にいますが、センター試験を受けてから「入れる大学」に進学するという若者が多過ぎます。ビジョンを持って、目標を決めて「行きたい大学」に行くんだという意欲のある若者が少ないと感じています。
 普段書いている文章を配布させていただきました。ちょっと見ていただきたいんですが、1-1で、「ゆとり教育の失敗」というテーマの文章です。学習指導要領の理念を実現するための具体的手だてが必ずしも十分でなかったとして、文部科学省は方法論のみの反省をしております。「5つの課題」ということですが、その反省について、逐一私が反論をしています。1-1と1-2と。今日は時間がありませんから、中身に入りませんが、後でお読みいただけたら、具体的にどういうことか御理解いただけると思います。
 それから、根本的な人間観、教育観が違っているんじゃないのと、私は言いたいんです。それで、1-2のところで、「啄同時再び」というテーマで、横峯吉文という鹿児島で幼稚園の理事長をしている人の教育観、人間観を載せておきました。子供は競争したがっている。まねをしたがっている。ちょっとだけ難しいことをしたがっている。認められたがっているということです。この4原則は、やっぱり実際子供たちを見て、本当に子供たちを理解している人の編み出した原則だなと思います。
 次の1-3を見ていただきたいんですが、「4つの積み木」ということで、私が高校教育で必要な力、養わなければいけない力、を整理しました。一番下の積み木は、人間としての基礎基本ということです。御覧いただけたらわかると思いますが、特にIT社会でございますので、思いやりや倫理観といった日本民族のエートスを再度強調しなければいけないのではないかと思っています。道徳教育を強化しようという方針が出ていますが、むしろ私は倫理教育だと思っています。エートスをしっかりとしつけるということが必要になってきている。
 その上に積む積み木が、基礎学力と社会人基礎力です。読み・書き・計算の基礎学力と学ぶ姿勢、考える習慣、人間関係構築能力から成る社会人基礎力です。今の若者を見ておりますと、この2段目の積み木が積み上がっていないのが非常に多い。私は、民間人校長に入る前の、会社生活のなかで、新入社員を見て大卒でも語彙力・文章力・読解力が不足している。それと、やはり学ぶ姿勢とか、考える習慣とか、人間関係構築能力だとか、こういうものが十分に鍛えられていない。この2段目の積み木を今の若者には徹底的に鍛えなければいけないなと、感じていました。
 基礎学力というのは、教え込むことです。知らないから教えるんです。それから社会人基礎力は、教育の「育」の部分です。育つのを待つんです。学校というのは、その仕掛けを提供する。部活動とか生徒会活動とかの仕掛けを提供する。そういうシステムだと考えています。
 そして、その上に知識を与えるということです。「4つの積み木」は、進学校だと大学に進学できる知識だと考えます。この中で一番私が大事だと思うのは、「知的テイクオフ」ということです。要するに、何かに関心を持つ、興味を持って自分で調べる、そういうような態度が育成できているかどうかということです。そこが私は一番大事なことだと思いますが、これは学校の先生でも、二、三割の人しかこの「知的テイクオフ」ができていないと感じています。世の中に対して、もともと関心がない。人間に対しても関心がない。そういうような人がいます。私の言っていることが理解できない。困ったもんだなと思いますが、それで、私は毎月毎月、外の風に当てるべく教育しているということです。
 それから、もとのレジュメに戻らせてください。教育の世界は「山の国」、しかも山奥の住民を相手にしているという認識が、行政に足りないと思います。私は、本当に日本は今、意識の点で分断国家だと思います。ここにいらっしゃるような方、ここで議論をされているような方は、「グローバル化」という意味がわかっておられる方です。「円高」と言っても、経済に与える影響がピンと来るような人です。ところが、岩手県の県民は、95%、山の国です。円高と言ったってわかりゃしません。ましてや学校の先生は、毎年毎年同じことをやっている。それで結構忙しい方が多いですね。だから、そんなことを言ってもピンと来ない。だから、私は、学習指導要領で、生涯学習社会とか知識基盤社会とか、いろいろそういう言葉が出てくるんですが、学校の先生で、本当に腹の底から理解している人が何名いるかです。そんなこともわからずに文科省は教育行政をやっている。文部科学省は反省すべきだと言いたいところです。
 それで、教育関係者に対して、特に県の教育委員会、学校管理者に対して、しっかりそういうところを伝えなければいけない。そういうことがわからないというのは無理ないと思うんですよ。そういう実感がないですから。子供たちというのは、未来からの使者なんです。未来社会をしっかり生き抜いていく「生きる力」が大事なんですよね。じゃあ、どういう社会になるのかということを想定して、そこで生き抜いていく力をつけてやらないといけない。そういうことが学校の校長先生もわからない、県の教育委員会もわからない。そういう状況ですよということを訴えたいです。7年間、同じことを私は言っているんです。しかし、なかなか浸透しない。ネグレクトされています。「ああ、また言っている。」と、そういう感じです。
 それで、私が言いたいのは、ニュースペーパー・イン・エデュケーションですね。これを本当に導入を検討していただきたい。情報化社会の弊害を除去すべきだと思います。ちょっとこれも見てください。2-1。これは生徒向けに書いた「幸せな人生を歩むために」ということで、世の中のことを包括的に書いたものです。
 それから、次の2-2、「新聞購読のススメ」ということで、筑波大学の門脇厚司先生の文章を最初に出しています。「なぜ若い世代が新聞や本を読まなくなったのか、社会に関心を持たなくなったからである。では、なぜ社会に関心を持たなくなったのか。人間に関心を持たなくなったからである。なぜ若い世代が人間に関心を持たなくなったのか。生まれてこのかた、生きた生身の人間との直接的な交わり、関わりの絶対量が決定的に減ったからである。まずもってなすべきことは、新聞を読み込むことで、人間の悲喜こもごもを知り、人間に関心を募らせることである」と。
 今の子供たちを見ていたら、本当に仲間内のメールばかりやっているわけです。もう1時間にもわたってメールするというような、そんなことで時間をつぶしている子が多いんですが、日本人特有の共同体規範みたいなものはしっかりとそういうことで身につけているんだけれども、やはり世の中とか、外へ向かって関心が向いていないわけです。だから、そういうことを是正するためにも、NIEを導入したらどうかと思っています。
 それから、是非私は、経営品質の精神を導入してくださいと言いたいんです。2-3をちょっと見てください。説明します。これは、1980年代にアメリカで、日本の経営を分析したマルコム・ボルドリッジという商務長官を中心としたプロジェクト作業がなされ、日本のエクセレントカンパニーが分析され、そのマルコム・ボルドリッジ賞というものが創設された。経営品質賞というのは、アメリカでつくって、それが日本に逆輸入されたものです。私は、日本的経営の良質な遺伝子が、この中に含まれていると思っています。
 それは、サーバントリーダーシップという考え方が基本です。学校版として、こういう逆ピラミッドを想定しています。4つの基本理念があります。生徒が学校の中心です。それを教職員が支えます。付加価値が発生するのは、生徒と教職員の接触現場でしかありません。授業とか部活動とかいろいろな接触をします。そこにしか付加価値は発生しません。それを支えるのが我々管理職です。そういう学校を支えるのが県の教育委員会です。それを支えるのが文部科学省です。要するに、指揮命令系統とは逆のピラミッドを想定して、仕事に対する、そうした心構えをすべての構成員は持つべきだということです。
 日本の経営というのは、基本的にはこうでした。営業の最前線が付加価値を発生させているんだ、製造の最前線が付加価値を発生させているんだということです。そのために、上司は、「May I help you?」という問いかけを常にすることです。そういう日本型経営のすばらしさを、製造業で競争に負けたアメリカが、国家プロジェクトで分析してくれた。その日本的経営のすばらしい遺伝子を、文部科学行政で復活させるべきだと思っています。
 それで、4つの基本理念があります。生徒本位である。民間企業の場合は顧客本位です。それから独自能力である。よそと違う、しっかりした違いが打ち出せなければだめだということ。それから教職員を重視します。大事にしますが、これは甘やかすことではありません。しっかり鍛えるということです。それから社会との調和。いろいろな学校もステークホルダーがありますから、そこの意向を確認しながら、バランスよく対応する。アメリカのように株主重視ではない。学校も県教委ばかり見ていない。こういうような経営品質の考え方を文部科学行政で取り入れていただきたいということです。
 何よりも現場主義に基づいた政策展開をしてくださいということです。今の状態は隔靴掻痒でございます。ちょっといろいろな文章で、2-5から2-6、2-7と書いてあります。英語教育について、あるいは日本のエートス。森嶋通夫先生の本を何度も紹介しております。それから、予算制度と学校経営ということです。本当は読んでいただきたいのはこれだけあるんです。私、6年間余りずっとためていますから、これだけあるんですが、特に副大臣にお目通しいただきたい部分を厳選してお渡してありますので、よろしくお願いいたします。
 それから、3-1ですが、私は人事のプロを自認しておりますが、学校の人事制度、教員の人事制度に踏み込まないと、やはり根本的な解決にならないのかなという感じがしております。今の制度・仕組みは、不公正・悪平等だと思います。それで勤続20年で定期昇給を停止して、役割手当を創出すればどうかと思っています。
 それから、今、岩手県では、目標管理による人事評価システムを導入いたしました。信じられないような愚挙だと思っています。ばかなことをしたものだと思っています。民間企業で失敗して、失敗という評価が確定した後、導入しているということでございます。教育現場は、伸びやかに、おおらかにというのが大切です。ただし、不適格者がいます。やはり5%ぐらいいます。この人たちは20年のうちに、やはり転身を図ることのほうが本人にとっても親切だと私は思います。そういうようなことを3-6までのところで書いておりますので、後でお目通しいただければと思います。
 いろいろな、こうやって講演会をする機会がありますので、3-5、3-6で講演会のレジュメなどを添付しておりますので、それを読めば、どんな話をしたか想像していただけるのではないかと思います。
 それから、4のところは、こんなところで話すような内容ではないんですが、ちょっと愚痴話を聞いてくださいと、こういう感じでございます。今、定数法というのがあります。何か長たらしい法律ですが、これは県と国との予算をひとつの物差しとしてこういうのがあるんだそうですが、これを強行規定にしてほしいということです。「定数法を強行規定にしてください。」というのは、現状3名、定員法より少ない人数で運営させられています。ところが、我校の場合、田舎の高校はみんなそうなんですが、進学校は、進学塾を併営しているんですね。PTAから頼まれて進学塾を併営している。とてもじゃないけど、特に英語や数学の先生は、もうそういうことで大変なんです。「もうちょっと人数頼むよ。せめて定数法まで。」と言ったって、「予算がない」の一言です。こういう現場の管理者が、切実に訴えるようなことをしっかりとフォローしてほしいと思います。先生にゆとりを与えてやってください。
 私は最初に、先生は本当に勉強しないなと、言いましたが、そんな時間もないんですと反論されます。私はうそだと思っていますが、そういうような言いわけがもっともらしく聞こえるぐらい、熱心な先生は本当に多忙です。それだけは言っておきます。
 それから、我が校の校是が「師弟和塾」ということでして、師弟が切磋琢磨する青春道場だと、こういうような校是があるんですが、「生徒同士も切磋琢磨しないといけないんだから、模擬試験の成績50位まで廊下に張り出せよ。そしてもっと刺激しろよ。」と、こう言ったら、「何言ってるんですか。個人情報保護法があって、今どきそんなことやったら大変なことになります。」と反論されてしまいました。何か変だなと思います。この法律を学校は適用除外にしてもらえないものかなと思っています。
 いろいろ申し上げましたけれども、時間になりましたので、以上で終わります。

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